国を愛して何が悪い247

仏教伝来と、七世紀から九世紀まで、三百年間に渡る唐文化摂取とは、実質的に、古代最大の、文明開化である。 このときの多様性に対応する思考力が、空海の密教信仰によってかたちを与えられたわけである。同時に空海の信仰とは、民族変貌の詩であった。彼が弘法大師の名で不朽の生命を得たのはこのためである。亀井 外来文化の摂取という点では、唐に続いて、宋、元、明との接触である。その中で、禅は、最も斬新な思想で…

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国を愛して何が悪い246

「仏祖の言語すら多般を好み学ぶべからず」随聞記始祖たちの語録とか公案すら、多くを好み学んではならないということである。この心を撤してゆけば、「ひたすら坐禅」となる。捨てうるかぎりのものを捨てて、「ひたすら念仏」「ひたすら唱題」という鎌倉仏教の始祖たちに共通した「専心」「易行」のかたちになる。亀井 亀井は、鎌倉仏教の改革の祖たちを基準にして、室町期の仏教を判定する。それは、それで、また有意義なも…

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国を愛して何が悪い245

武家たちは、罪について無関心だったわけではない。・・・たとえば足利尊氏の「気の弱さ」は、根本的に罪悪感に発したものではなかったろうか。絶えず自己否定に見舞われ、出家と自害と政権欲のあいだを動揺していたのである。亀井勝一郎 足利尊氏は、殺した敵味方の将兵を、およそ10万人と見積もっていた様子である。禅の他に、観世菩薩と地蔵菩薩を信仰していた。地蔵菩薩十万体を造り、等持院に奉納したことから、推定さ…

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