生きるに意味などない122

生きるに意味などない、という、エッセイを書いて、ここまで来た。 日本人の心性にある、無常、という感覚は、仏教の、無、あるいは、空、という観念から発したといえるが・・・実際は、あはれ、という言葉があったのである。 無、空、という、観念を受け入れられたのは、あはれ、があったからである。 それは、もの、皆、あはれ、なのであるという、諦観である。そして、生きるために、特別な、意味は必要なかった。 …

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生きるに意味などない121

西田がいかに「無」というものを、「いかなる罪人をも包み込む暖かい心」というように捉えようとしても、それは容易なことではなかったでしょう。しかし、人との別れ、過去への追想、失われた時間への罪悪感、そこからでてくる運命的なものの享受といったことがらをひとつひとつ通過し、自らの根底にある「悲しみ」を凝視してその先に「無」を求めていたことは間違いないのです。そこでようやく「もはや私というものはないのだ」…

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日々の言い分263

あなたは、中国が北海道と沖縄を乗っ取ろうとしているのをご存知でしょうか?いやいやいや、そんなことあるわけないよ!!とあなたは思うかもしれませんが、これからあなたにお伝えする”中国の侵略計画”を聞けば、同意せざるおえないでしょう。産経新聞の宮本雅史氏によれば、すでに北海道は中国に2411ヘクタール、東京ドーム512個分の土地が買収されているといいます。しかもこれは水源地に限られるデータで、それ以外…

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