生きるに意味などない124

くどいようだが、この世に確たるものは、無い。何一つ、無いのである。 そして、それを自覚する、私と言う意識も、無い。私と言う自覚は、流れている。ただ、流れいるだけである。 その流れは、いずれ、死ぬことによって、止まる。そして、死ぬことは、生きることの、救い、である。 人間は、生まれた時から、救われているのは、死ぬからである。 少しばかり、想像しみると、いい。この宇宙の歴史の中で、人間の一生…

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生きるに意味などない123

日本の精神にあるのは、境地を目指すというものだった。つまり、言葉の扱いは、そのためにある。だから、言葉が少ないのである。 語り、語り尽くす、西洋の精神とは、全く、逆である。 それは、そのまま、和歌の伝統に生きている。更に、日本語の言葉は、シラブルである。だが、一音に意味がある。 いかに、言葉少なくして、思いを伝えるのか・・・それが、日本的なのである。 だから、物に思いを託すという、所作が…

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生きるに意味などない122

生きるに意味などない、という、エッセイを書いて、ここまで来た。 日本人の心性にある、無常、という感覚は、仏教の、無、あるいは、空、という観念から発したといえるが・・・実際は、あはれ、という言葉があったのである。 無、空、という、観念を受け入れられたのは、あはれ、があったからである。 それは、もの、皆、あはれ、なのであるという、諦観である。そして、生きるために、特別な、意味は必要なかった。 …

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