生きるに意味などない122

生きるに意味などない、という、エッセイを書いて、ここまで来た。 日本人の心性にある、無常、という感覚は、仏教の、無、あるいは、空、という観念から発したといえるが・・・実際は、あはれ、という言葉があったのである。 無、空、という、観念を受け入れられたのは、あはれ、があったからである。 それは、もの、皆、あはれ、なのであるという、諦観である。そして、生きるために、特別な、意味は必要なかった。 …

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