生きるに意味などない129

痛みによる身体との体感的な分裂を減少せしめるのである。霜山 安静にすることは・・・痛みを拒むと、身体との体感的な、分裂を促すということで、人間とは、実に、生きるに、大変な動物である。 したがって、「生きられた身体性」の妨げられない持続こそ、人間の身心の健康を示すものなのである。霜山 生きていると言うことは、身体性の、妨げられない、持続だと、言う。そうすれば、何も問題はない。しかし、それで問…

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生きるに意味などない128

精神病理学というものは、実に、面白い。何故か・・・ 無いものを、在ると認識させて、説明し、更に、不安な人たちを相手に、仕事、商売をする。心理学というものも、そうである。 心理学用語を用いて、本当は無いことを、在ることのように、説得しする。すると、人は、あたかも、それが在るかのように、反応し、あるいは、治療させられて、治ったと、信じることもある。 皆々、大嘘である。それは、矢張り、作られた、…

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生きるに意味などない127

なぜならば私は現実に私の身体であるからである。霜山 何故、こんな当たり前のことを書くのか・・・それは、意識させ、自覚させるためにである。 そして、意識し、自覚しなければ、何の問題意識も持たずに、生きる、人間である。 これが意外に理解されにくいのは、およそ人体に対する医学的な対象としてまず考えられやすいということから由来している。その場合には、私の身体はもはや「私にとっての」身体ではなく、そ…

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