国を愛して何が悪い209

道元は「見捨てられた」自己というものを赦さない。凡夫だから修行不可能という考え方をみとめない。彼が末法思想を否定したところにそれが端的にあらわれている。亀井 源信以来の、浄土教の根底には、必ず、「末法の世」「濁世」という、思想があり、王朝末期から、鎌倉時代に渡り、社会観を形成していた。 自力修行の限りを尽くしても、どうにもならないという、絶望感を伴っていた。内乱と、乱世の然らしめるところだが…

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