神仏は妄想である540

山折氏の、論説を続ける。 「スッタニパータ」という作品の意味が、はっきりした輪郭のもとに浮かび上がってくる。すなわち「スッタニパータ」という作品は、ブッダが最終的に到達した境地を、弟子たちがそのまま記述したものであるということだ。ブッダによって完成された認識を、客観的にのべた記念碑だということである。そこでは、その最終的な認識にいたるまでの内心の軌跡はほとんど記されていない。ひそかに苦しみ、悩…

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神仏は妄想である539

仏教の歴史はブッダの体験と思想を裏切ることをとおして発展してきた。・・・ 誤解をおそれずにいおう。私は、そのような仏教の裏切りの歴史をいわば凝集した形で保存し伝承してきたものが今日いうところの「仏教学」であると思う。それだけではない。アーナンダの徒はいつの時代でもこの「仏教学」に身を寄せ、その知的な餌付けのままにものを考え、行動してきた。山折 その通りである。 そして、その仏教学の萌芽は、…

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神仏は妄想である538

ブッダは葬儀の無効性を宣言した。しかし仏教徒たちはそのブッダの遺言を裏切った。むろんそれは、ブッダをたんに否定するために裏切ったことを意味するのではない。ブッダの遺言にもかかわらず、弱い人間の悲嘆と苦しみのなかで裏切ったのである。そのことによって仏教は、宗教として発展するための基礎をつくった。ブッダが死んで仏教が蘇ったのである。そこにいわばアーナンダの徒がブッダを裏切った歴史の必然があった。山折…

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