日々の言い分384

大晦日から、元旦に渡り、新年という、観念を持つ。新しい年がはじまる、元旦である。 元号が、変わった。令和、という。それは、五月一日である。 ところが、大晦日から、元旦にかけて、年は変わるが、それを受けている、人間は、何か、変わるだろうか・・・ 昨日の私と、今日の私。特別、何事もなく、私である。 日付が変わっただけ。 さて、平成から、令和になって、日本人は、何か、変わったのか・・・何も、…

続きを読む

生きるに意味などない150

死の自覚的な意識とは、この日常的な世俗世界に限界を画することです。・・・死は極めて個人的な出来事であると同時に、その個人などというものを超えてしまう。個人を組み立てている人格性や個性や多様性や差異性など、すべてが普遍的な「死」によって消し去られる。それは確かに恐るべき「絶対的にもの」なのです。佐伯 夏目漱石も、言う。ふざけたる者も、襟を正すのが死である、と。 生きるに意味などない、であるなら…

続きを読む

生きるに意味などない149

佐伯氏は、まだ面白いことを書く。その著、生と死、である。 その後半部分。私も、基本的には「生も死も無意味」の立場にたっています。これはひとつの死生観です。しかし、そこから、ただちに「だからやりたいことをやって楽しめばいいじゃないか、難しいことなど考える必要はないじゃないか」とはならない。このニヒリズムをひとたび認めてしまえば、「生も死も無意味」であるにもかかわらず、逆に生に執着し、欲望に取りつ…

続きを読む