死ぬ義務36

われわれの人生の最後が「無意味」であれば、その「無意味」というゴールを目指してかけ続けている「生」も無意味ではないのか、という疑念がわいてくる。であれば、「無意味なもの」へ向けて走り続けているこの人生も、ただただ苦痛の連続だ、ということにもなるでしょう。佐伯 はっきり言うが、私は悟っているので、こんな議論は、本当に、暇つぶしである。私の悟りは、別エッセイで書いているので、省略する。 さて、い…

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