死ぬ義務49

幸い、人格説は二元論者でさえ受け容れられる。けっきょく、仮に魂というものが存在するとしても、将来存在する誰かが私であるかどうかを決める決定的な問題は、その人が私の魂を持っているかどうかではなく、私の人格(同じ信念や欲望など)を持っているかどうかだからだ。同様に、人格説は物理主義者にも受け容れられる。特定の人格を持った人が誰か存在することの基盤は、特定の形で機能する身体があれば存在することだとして…

続きを読む