神仏は妄想である577

前回に引き続き、唐の時代、中国浄土教を大成した、善導のお説を紹介する。 くどいようだが、仏心とは、大慈悲心であると言う。 ここで、慈悲を、大慈悲と呼んでいることに、注目である。つまり、誇張している。わざわざ、大と、誇張するのが、彼らの極めて、妄想的なところである。 救いに絶望せざるを得ない者ならば、仏の大慈悲心に包まれているのだと信じることなのである。 何故、救いに絶望するのかと言えば、…

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