生きるに意味などない33

「夢のような」気分というのは、普通科学的発明に有利なものと思われているような、外界の反映に対する強い注意の集中や関心とは、ひどく異なったものである。しかし「夢のような気分」は想像を生じさせることができる。そしてこの想像は、知覚の場から心を解放して、そうでなければおそらく得がたいような流動性を心に与えるのである。
コーエン

心理学の一つの見方、である。
人生とは、この「夢のような」に尽きる。

知覚の場から、心を解き放ち・・・
心理学の、新しい展開となる。

その、「夢のような気分」を、生きているのが、人間と、言う。

発明、発見の場だけではない。
すべての人に言える。

浪花のことは、夢のまた夢、とは、秀吉の歌詠みである。
天下まで取ったが、実は、夢だった・・・
秀吉の悟りか・・・

戦国時代という、現実と思っていた。
ところが・・・
はて、これは、現だったのか、と、一瞬、戸惑う。
そして、栄華を極めて、夢のまた夢だった、と、感得する時、人生が俯瞰できるのである。

類推の想像的発見、すなわちいろいろなアイデアやイメージ間の類似を求め、それに心をとめることは、思考そのものの基本的な特徴であろう。それは、心のなかに新奇さの感覚が生まれるまで、ある考えのまわりを「踊り」めぐり、問題点の近くをぶらつき、それをいろいろと飾りつけ変形させるわざとして述べられてきている。科学的発明は、それ自身いろいろな新しい類推を類同化することにかかるであろう。そして言語がこれに入ってくる限りでは、それは一種の言語の「博物館」であり、そこにわれわれは、「死して忘れられた詩人たちの、とほうもない空想と類推の遺物」を見るのである。
物理学においては、類推の仕事は見慣れぬものを見慣れたものとすることである。心理学では、事情は反対になろう。心理学のデータは、しばしばあまりにも見慣れたものだからである。
コーエン

とほうもない、空想と類推の遺物・・・

まさに、とほうもない、空想と類推の遺物である。

言語とは、そうしたもの。
その遺物を拾い集めて、なにがしかの、考え方を作る。
意味付けを行う。

そして、安心する。
人類は、延々として、この繰り返しをしてきた。

自由主義が、いつからか、新自由主義と言われるようになった。
何故か・・・
答えは、簡単である。
それが、商売の人がいるからだ。

新しい言葉を作ると、それが、商売になる。
その、新自由主義を講義する人たちが、出てくる。
本当は、なんでもないことを、何でもあることのように言うだけ。

グローバル化という言葉も、然り。
それに対して、民族主義。
グローバル化に対して、民族主義が台頭してきた・・・

そして、分析して、悦に入る。

ユダヤ金融関係が、推し進める、グローバル化、拡大化である。つまり、地球市民などといっていた、人たちは、その手先。
それに対して、民族主義が、台頭し、グローバル化に流されないぞという人たち。

国境など無いのだ、と、歌った、イギリスの歌い手。
平和希求の歌として・・・

実は、すてべは、夢のまた夢。

一体、新自由主義で、どうなった・・・
暮らしが悪くなった。
そう、時代は、いつも、悪くなる。
時代は、いつも激動である。

延々と、悪くなっている・・・

体制に対する者達・・・
右派、左派、右翼、左翼・・・

物理学においては、類推の仕事は見慣れぬものを見慣れたものとすることである。心理学では、事情は反対になろう。心理学のデータは、しばしばあまりにも見慣れたものだからである・・・

と、いうように、繰り返している。
そして、それが、新しいと、思う根性である。

心理学も、日々進歩している。
が、それは、矢張り、見慣れたもの・・・

頭脳としては、少しは、進歩しているが・・・
千年前の人間と、今の人間の違いなど、何ほどのものがあろうか。

言語の博物館が、溢れるほどになっただけ・・・

そして、そこから、何物かを取り出して、また、繰り返すのが、精々。

また、新しく、生きる意味を見出す馬鹿がいる。
その程度である、世の中は。