もののあわれについて854

竹 河 たけかは

これは、源氏の御ぞうにも離れ給へりしのちの大殿わたりにありけるわるごちたちの、落ちとまり残れるが、問はず語りしおきたるは、紫のゆかりにも似ざめれど、かの女どもの言ひけるは、「源氏の御すえずえに、ひが事どものまじりて聞こゆるは、我よりも年の数つもりほけたりける人のひが事にや」などあやしがりける。いづれかはまことならむ。




この話は、源氏の御一家にも遠くて、いらした後の大臣殿家に、仕えていた低い身分の、女房たちで、生きながらえ残ったのが、問わず語りに、話していたもので、紫の物語には、似ていないようだが、その女どもの、言ったことは、源氏のご子孫について、でたらめが、色々交じって、伝わっているのは、私より、年取って、ボケてしまった人の、出任せかしら、など、いぶかしがっているのだが、どちらが、本当なのだろうか。




内侍のかみの御腹に、故殿の御子は男三人、女二人なむおはしけるを、さまざまにかしづきたてむ事を思しおきてて、年月の過ぐるも、心もとながり給ひしほどに、あへなくうせ給ひにしかば、夢のやうにて、いつしかといそぎ思しし御宮づかへもおこたりぬ。人の心、時にのみよるわざなりければ、さばかり勢ひいかめしくおはせしおとどの御名残、内々の御たから物、らうじ給ふ所々など、そのかたのおとろへはなけれど、大方の有様ひきかへたるやうに、殿の内しめやかになりゆく。




尚侍の、お生みになった故殿の、お子様は、男三人、女二人いらたしが、それぞれ大事に育て上げようと、故殿は、計画を立てられて、年月の経つのも、待ち遠しく思いになさるうちに、思いかけなく、お亡くなりになったので、夢のようで、一日も早くと、急いておられた、お宮仕えのことも、そのままになってしまった。
人の心は、威勢の良い方ばかりを追うものなので、あれほど、勢力をふるっていた殿の、亡き後、内々のお宝や、お持ちであった、荘園など、そういうことでは、変わりはないが、一般の様子は、掌を返すようで、御殿の内は、ひっそりとしてゆくのである。

髭黒の死後の家族である。
内侍とは、内侍所の長官で、定員二名。ここは、玉葛のこと。




かんの君の御近きゆかり、そこらこそは世にひろごり給へれど、なかなか、やむごとなき御中らひの、もとよりも親しからざりしに、故殿なさけ少しおくれ、むらむらしさ過ぎ給へる御本性にて、心おかれ給ふ事もありけるゆかりにや、誰にもえなつかしく聞こえかよひ給はず。六条の院には、すべてなほ昔に変らずかずまへ聞こえ給ひて、うせ給ひなむ後の事ども書き置き給へる、御処分のふみどもにも、中宮の御つぎに加へ奉り給へれば、右の大殿などは、なかなかその心ありて、さるべき折々おちづれ聞こえ給ふ。




かんの君の、ご近親は、大勢世間に幅を効かせていらっしゃるが、かえって、身分の高い間柄の、元からも、親しくなかったのに、故殿は、少し人付き合いが悪く、ご機嫌の代わり方が、酷すぎるご気性で、煙たがられることもあったせいか、どなたにも、かんの君は、親しく、消息を、交わすことが出来ない。
六条の院に、おかせられては、万事、今も昔と変わらず、家族の扱いをされて、お亡くなりになる時の、後の事を色々、書き置きなさった、遺言の書類にも、中宮の、次ぎに書き入れ申していたので、右大臣などは、実の兄弟より、その気があって、しかるべき折々には、ご機嫌伺いに、お出かけになるのである。

かんの君とは、髭黒の妻、玉葛である。




男君たちは御元服などして、おのおのおとなび給ひにしかば、殿のおはせでのち、心もとなくあはれなる事もあれど、おのづから成りいで給ひぬべかめり。姫君たちを、いかにもてなし奉らむと、思し乱る。内にも、必ず宮仕へのほい深きよしを、おとどの奏しおき給ひければ、おとなび給ひぬらむ年月を推しはからせ給ひて、おほせごと絶えずあれど、中宮のいよいよ並びなくのみなりまさり給ふ御けはひにおされて、みな人むとくにものし給ふめるすえに参りて、はるかに目をそばめられ奉らむもわづらはしく、また、人に劣り、数ならぬさまにて見む、はた心づくしなるべきを、思ほしたゆたふ。




男君たちは、御元服などして、それぞれ、一人立ちされたので、殿の亡くなられた後は、気が気でない思いをし、涙をもよおすこともあるが、放っておいても、出世されてゆくに、違いない。
でも、姫君たちを、どのようにして、上げたらいいのだろうかと、かんの君は、心を悩ましになる。御所におかれても、是非とも、宮仕えの願いが、深い旨を、故殿が奏上されたので、成長なさったであろうと、これまでの年月を考えて、仰せがしょっちゅうあるが、中宮の、いよいよ比べるもない様子になられる、ご威光に圧倒されて、どなたも、見る影もなくていらしゃる末席に連なり、遠くから、睨まれたりされるのが、面倒だし、かといって、人より劣り、物の数にも入らぬ有様では、これも、苦労の種であろうと、思い、ためらうのである。




冷泉院よりは、いとねんごろに思し宣はせて、かんの君の、むかし本意なくて過ぐし給うしつらさをさへ、取りかへし恨み聞こえて給うて、院「今はまいてさだ過ぎ、すさまじきありさまに思ひ捨て給ふとも、うしろやすき親になずらへて、ゆづり給へ」といとまめやかに聞こえ給ひければ、「いかがはあるべき事ならむ。みづからのいと口惜しき宿世にて、思ひのほかに心づきなしと思されにしが、恥づかしうかたじけなきを、この世の末にや御覧じなほされまし」など、定めかね給ふ。




冷泉院からは、お心のこもった、お言葉があり、かんの君が、昔お心にそぐわず、今日に至った、その辛さまでも、事新しく、お恨み申し上げて、院は、今は、一層年をとり、相応しくない様子だと、見限るにしても、心易い親のつもりで、お預けください。と、とても、親切に申し上げされるので、どうなる運命だろうか。我が身の、とても、不運なめぐり合わせゆえに、心ならずも、嫌な女だと、思いあそばされたのが、お顔も見られず、もったいない思いがする。一生の終わりに、見直していただこうか。などと、決めかねている。