日々の言い分67

1903年、第19回帝国会議での桂太郎の発言をめぐって、第21回、第22回の帝国議会で、台湾は植民地かどうかの大論争が起こりました。議論は帝国議会の枠を越え、あらゆる分野に波及し、憲法論争にまで発展したのです。
「法的」な見解としては、台湾は「臨時立法」の時限法としての「六三法」において、台湾の第8代総督であった田健治郎は「植民地」であることを否定しました。第18代総督の長谷川清海軍大将は、帝国議会の衆議院選挙を台湾でも開催することを予定し、台湾の内地化を促進しようとしていました。1945年、第19代総督の安藤利吉の代で終戦を迎え、その後の中国軍の進駐で台湾の日本時代は終わったのです。
そして、今なぜ「懐日」「慕日」映画がヒットしているのかということですが、台湾の50年に及ぶ日本統治時代は、日本時代を知らない若者層にとっても「よき時代」というイメージが強いからです。
戦後の日本は、戦前の「大日本帝国」を教育やマスメディアが率先して悪魔のように扱ってきたため、極悪非道なイメージが作られてしまいましたが、台湾では「明るい」イメージが強く残っています。
もちろん台湾でも国民党独裁時代は、日本時代を「非道」とする教育がなされてきました。しかし、日本時代を経験した人々から下の世代へと「真実」が受け継がれ、台湾人の日本に対する親愛の情が醸成されたのです。
台湾で日本時代が「昔は良かった」と憧れを持って言われることについては、政治的な解釈よりも台湾人の「日常生活」に視点を移すことで理解できるのです。
日本でもいま、憲法論議をはじめとして「戦後からの脱却」が重要なテーマとなっていますが、台湾でも蔡英文政権のもとで、戦後の国民党支配からの脱却、そして「ひとつの中国」からの脱却が進んでいるのです。
『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』より一部抜粋

上記を読むと、現在、台湾では、若者たちが、日本の統治時代を、懐かしみ、そして、憧れている様子である。

何故か・・・
日本統治の後で、国民党が、台湾に押し寄せた。
そして、日本統治を批判し、更に、反日を押し付けた。

しかし、誰も、それに従わない。
当然である。
皆々、日本人のことを、知っていた。

台湾開発に、命を賭けた、多くの日本人たち・・・
そのことを、台湾の人々は、忘れなかったのである。

それが、現在まで、続いている。
それは、高齢者、日本統治時代を知る人達が、話すからだ。
伝えている。

伝えるという行為は、そのまま、いのち、の行為である。

台湾の若者たちが、自己同一を見出すために・・・

台湾の底には、日本があるという、意識である。

韓国などとは、間逆な感覚である。
感謝どころか、憧れ、更に、日本に近づこうとする姿勢。

台湾の高齢者は、皆、日本に片思いをしているというほどに、日本を慕っている。
更に、その中には、立派な、日本人を目指す人達もいる。

凄いことである。
つまり、日本の統治が、凄かったということだ。

それを、日本では、どう伝えているだろうか・・・
敗戦後の、日本統治は、野蛮だった。あるいは、殖民地にした、など、マイナスの捏造ばかりが、まかり通っている。

今、現在も、そのように言う人達がいる。

全く、違う。
日本統治は、理想だった。
それを、現在の、台湾の若者たちが、感じているのである。

もう、どう捏造しても、事実には、敵わない。
日本は、立派だった。

殖民地どころか、本土のように、扱うという、心意気である。
勿論、それは、朝鮮、韓国にも、言える。

だが、間逆の反応をする、朝鮮、韓国である。
つまり、人種が違うとしか、言いようが無い。

朝鮮人は、救いようがないと、心得ておけばよい。

これから、台湾と益々、交流を深めて、台湾が独立国であることを、祈るだけだ。

台湾を、国として、日本政府が、認めること。