玉砕199

さて、ここで、アカデミズムが取り上げて、戦争を分析、研究した、書籍から、どのような態度、史観にて、それが記されるのかということを、見る。

例えば、おおまかに、アジア・太平洋戦争、として、書かれた、岩波新書、吉田裕著の、最終章を検証する。

まず何よりも、本書でみてきたような前線と銃後の悲惨で凄惨な現実が、戦後の日本社会の中に、軍隊や戦争に対する強い忌避感や国家が掲げる大義への根深い不信感を定着させたことが指摘できる。
吉田

これは、当然である。
しかし、国民も、戦争に加担したことは、確実である。
何より、満州における、関東軍を国民は歓迎し、応援したのである。

国家が掲げる大義への、根深い、不信感・・・
犠牲が大きく、多いほど、国民は、そのようになるだろう。

痛切な戦争体験に裏打ちされた非戦の政治文化の形成と言ってもいい。その点では、敗戦は、何よりも軍国主義と軍隊からの解放を意味していた。そして、その政治文化は、日本が「普通の国」として、戦争の直接の当事者となることを阻んできた。
吉田

しかし、冷戦への移行は、状況をより複雑なものとした。社会主義陣営との対決姿勢を強めたアメリカは、日本の非軍事化と民主化の占領政策を大きく転換させて、同盟国としての日本の強化・安定に軸足を移していったからである。この結果、再軍備が開始されるとともに、戦犯容疑者が次々に釈放されるなど、日本の戦争責任の追求も中途で打ち切られた。
吉田

これは、表面である。
その裏がある。

それについては、占領政策について、再度書く際に、言うことにする。

事実、51年1月9日に調印されたサンフランシスコ講和条約は、「寛大な講和」としての性格を色濃く持っていた。この条約では、アメリカを中心にした主要参戦国が対日賠償の請求権を放棄しただけではなく、その第11条で日本政府が極東国際軍事裁判「東京裁判」の判決を受諾することが規定されているだけで、戦争責任問題に関する直接的言及はまったくなかったからである。
吉田

違う。
彼ら、白人側は、自分たちの罪を日本に擦り付けたことを、自覚していたのである。

賠償請求権を放棄・・・
当然である。
国際法を無視して、原爆投下、各都市への、空爆である。

どちらが、残虐だったのか・・・
特に、この戦争は、同盟国と言うが、日本とアメリカの戦いであった。

また、国内政治の面でも、講和条約調印の前後から、公職追放を解除された大物政治家が、続々と政界に復帰してきた。公職追放とは、占領期に行われた軍国主義者や国家主義者の公職からの排除政策のことだが、その解除は、指導者の国民に対する責任が曖昧にされることを意味してもいた。
吉田

その代わりに、占領政策に協力した、多くの売国行為をしていた者たちを、書くことがない。
責任が曖昧にされることを意味する・・・
これは、何のことか。

軍国主義、国家主義が、悪のように書かれる。
軍国主義も、国家主義も、悪ではない。
現に、アメリカは、今も、軍国主義である。

こうした一連の事態は、国民の意識の上に複雑な影響を及ぼした。第一には、加害者の記憶が封印され、国民は戦争の犠牲者であり被害者であるという認識を基盤にして、独特の平和意識が形成されたことがあげられる。この被害者としての自己認識は、戦場の悲惨な現実や戦争による国民生活の悪化を直接の基盤としていただけに、国民意識の中に深く根をおろしたものになった。逆に言えば、そうした平和意識は、アジアに対する加害の歴史を忘れさることによって、はじめて成り立っていたのである。
吉田

中国の、周恩来の言葉の通りである。
上記の、書き込みは、とても、左翼的に感じる。

日本国民も、軍国主義の犠牲者である、とは、周恩来の言葉である。

第二に、国家指導者の国民に対する責任までもが曖昧にされたことは、国民の中に深いわだかまりを残す結果となった。戦争の末期から、国民の間に、国家指導者に対する反感や不信感がひろがっていたが、敗戦は、それを決定的なものとした。日本の国家指導者の戦争責任は、連合国側が開廷した東京裁判で裁かれることになるが、この裁判が「勝者の裁き」という政治性を持っていたため、裁判に対する反感や反発が国家指導者に対する批判の矛先を鈍らせた面があったことも否定できない。
しかし、被害者的な戦争観と結びつくことによって、戦争の責任は軍人を中心にした国家指導者にあり、自分たちは国家指導者たちの誤った政策の犠牲者だとする国民意識が広範に形成されたのは確かだろう。それだけに、戦争責任の問題が、なし崩し的に曖昧化されたことによって、多くの国民が割り切れない思いを抱くことになったのである。そして、そうした思いは、天皇に向けられることもあった。・・・
吉田 改行は私

学者の書いた、戦争終結の記述である。
結果的に、分析に始終するのだが・・・
何を、言いたいのか、良く解らない。

戦争責任の問題が、なし崩し的に曖昧化されたことによって、多くの国民が割り切れない思いを抱くことになったのである・・・

その前に
自分たちは国家指導者たちの誤った政策の犠牲者だとする国民意識が広範に形成されたのは確かだろう・・・
とあるが・・・

前後が、矛盾するのである、私には。

反日左翼の人々は、天皇に責任ありと、明確にしている。
そして、軍国主義と、軍隊に対して、怒りをあらわす人々・・・

戦争をする、どの国も、国民からは、多くの矛盾と、反感を買う。
あるいは、その指導者を礼賛する国民もいる。

次に、続ける。