踊れ歌えやピリピノ・ウェディング 2  (文責;コータ)

 ネグロス島生まれのエイシャが結婚する。

 この知らせはバコロド中の親戚一同、マニラで暮らす母親にも届けられた。

 なぜその知らせが大きなものだったかというのは、エイシャが一族の中で中心的な存在だったからだ。日本で出稼ぎをし、ネグロスに仕送りを続けた母のおかげで、学業を成し遂げた彼女は、若くして親戚中から頼られる存在となっていた。

 そうだった、わたしたちの出会いを話している途中なのだった。話を戻すと、木村天山の念願であったネグロス島のバコロドへ、一度の挫折を経てやっと辿り着いたとき、ひと悶着あった。

 空港の前で、客引きのタクシー運転手と、木村天山が怒鳴りあいになったのである。私にとってはとくに珍しい光景ではなかった。着物姿の木村は、どこからどうみても外国人旅行者である。タクシー運転手はまず高値でふっかけてくる。その交渉において、怒気をもってあたることは、わりに有効なのだ。

「500ペソ? 何をいうかっ」

 いきなり喝を入れられた運転手は、苦笑いするか、委縮するかである。それ以上高値をいう者はいなくなる。

 とはいえこの方法は、危険でもある。500ペソという値段が、タクシー運賃として適当である場合、誰からも相手にされなくなる。異国の地で、移動手段が見つからないと、打つ手がない。

 後に知ったことは、500ペソは悪くない値段だったこと。ただその怒声はあたりの空気を揺らすほどであり、元来もの静かなネグロスの人々にとって、晴天の霹靂みたいなものだったのは想像にかたくない。

 くもの子を散らすように消えていく人々の中で、たった一人ほほ笑みかけて来る人物がいた。それがエイシャさんだった。

 後に彼女自身からきいた話では、木村天山の怒鳴り声をきき、いたたまれなくなったそうだ。その島生まれの人間として、はじめて訪れる人に悪い思いをさせたくなかった。エイシャさんは、さすがに木村に声をかけることは出来なかったらしく、同行していた私に話かけてきた。

「すみません、バコロド市内へ行くシャトルバスがあります。私も乗ります。150ペソなのですが、良かったら一緒に行きませんか?」

 てんやわんやの果てに車中一緒になったエイシャさんと、私たちが何をしに来たかを話し合った。衣服や、必要ならば食べ物を、必要としている人に手渡したい。できれば手伝ってくれないか。

「私は仕事があるので難しいですが、母なら日本語が話せます。むかし日本で働いていたんです。いまは暇をしているので、よかったら母を紹介します」

 そのときの、彼女の第一印象を、木村自身の旅日記から引用する。

――その、知性溢れる、美しい顔かたちは、忘れられない。美人。単なる美人ではない。フィリピンに珍しい、才女の雰囲気。地元の、リサール大学を卒業して、フィリピン第一の、銀行に勤めている。今回は、研修で、セブ島に出たという…(中略)…主席で卒業し、更に、ミス・リサールなのである。その活動は、多岐に渡る。

   一度、仕事を辞めて、本格的に、町のために、ボランティア活動をと、思ったが、友人たちに、猛烈に反対された。いま、彼女は、その収入で、一家を支えているのである。仕事を辞めれば、どんなことになるかは、目に見えている――

 つまり、ボランティア活動という一点で、私たちはひとっとびに垣根をこえたといってもよいだろう。敬虔なカソリックである彼女は、自分の誕生日に、親にも知らせず夜明け前に起き、街にあふれるストリート・チルドレンの枕元にパンと水を置いて歩いた。「私たちはあなたの事を忘ない」というメッセージ・カードとともに。

 敬虔であるがゆえに、今回の結婚式は、重厚かつ壮大なものとなった。

(つづく)