踊れ歌えやピリピノ・ウェディング 3   (文責;コータ)

 さて、くどくどしい話はこのくらいにして、今回の旅を語り出したい。

 エイシャさんには、高校時代から将来を誓い合った仲の男性がいた。フランシス君という。その後何度か私たちがバコロドを訪れるにつれ、親睦を深め、いっしょに孤児院をまわったこともある。

 そのエイシャさんとフランシス君が、10年越しの付き合いの果て、結婚する。

 フランシス君は、しっかりとした身体付きの、もの静かな青年である。親せきからも「フランシスはスウィートだからね」と言われる。日本の漫画やアニメが好きで、少年ジャンプの話をすると、リスみたいな黒目がちの瞳をつやめかせて喜ぶ。

 二人は幼なじみだ。同じ通りで育ち、親せきもほとんど顔見知りである。

 フランシス君の求婚を、長いことエイシャさんが引き止めつづけたのには理由がある。フィリピンでは離婚が非合法なのだという。また、中絶も認められておらず、宗教上の罪とされる。そのせいで、問題を抱えた夫婦が別れられず、家庭崩壊を招くといった社会問題にもなっている。

 エイシャさん自身が、じつはそんな崩壊家庭で育った。母親は日本で働いていたので家に居つかず、父親については詳しい事情は分からない。

 エイシャさんを育てたのはおばさんである。親せきのつながりを説明しだすと、もうわけがわからなくなる。家系図でも掲げないと、ちょっと理解しがたい。

 少し本筋からは外れるけれど、バコロドは砂糖きびの積み出し港である。ビクトリアスという街には世界最大の製糖工場がある。その広大な港に停められた大型トラックに、“I hate my mother”とバンパーに殴り書きされているのを見たことがある。

「母ちゃんなんか、大嫌い」というトラック野郎の述懐なのだろうが、そこに父親の存在は全く感じられない。ことほどさように、母というのがフィリピンの親族においては重要なのであって、エイシャさんは好むと好まざるとに関わらず、そんな強烈な母性の象徴として一族に期待をかけられている。

 バコロド生まれのエイシャさんは、いまはマニラで働いている。生家を離れた理由として、一族の中心にさせられる重責から逃れたかった、と彼女は言っていた。マニラで働きながら、バコロドでの結婚式を計画した。ちなみにマニラとバコロドは飛行機で一時間と少し。

 エイシャが結婚する、という意味がどれだけ大きいか、多少なりと想像してもらいたい。

(つづく)