国を愛して何が悪い181

源氏物語の全体を通して、当時の浄土信仰が、どのようなかたちで消化されたのかは興味深い問題である。一方で古代風の色好みの世界を展開しながら、仏の教えに背くという矛盾の自覚、罪の思い、死への脅え、出離の覚悟と、信仰を同時にからませて行ったことは・・・
亀井

浄土教の、厭離穢土、地獄の観念からすれば、絶対にゆるされないものを源氏物語は内包しているわけである。色好みとは罪である。色好みを完全に否定するこうした声を、紫式部は幾たびも内心に聞いたのではなかろうか。事実、光源氏はその声に脅えながら生きてきた。
亀井

そこが、物語である。
浄土信仰の観念を持ちつつ、物語を書くという行為に、私は、救いを見る。それが、人間なのだから。

亀井は、続けて、浄土信仰についてと、物語の関係を問い続けているが・・・
私は、それを省略する。

平安期の、浄土信仰については、もっと、簡単なものであっと言う。
つまり、貴族の遊びの一つとなっていた、節がある。

遊びと言っても、真剣な遊びである。

源信の、往生要集は、別世界のこととして、考える。
そちらの世界とは、別世界であるという、意識だ。

確かに、源信の世界は、
罪のおそろしさを知らせるために、地獄の描写が威嚇性を帯びたのは事実だが、それはあくまで「欣求浄土」のため念仏の契機だ。そして無常なる人間とは、臨終に向かう人間であり、生の刹那刹那にその臨終の自覚を促す意味で、易行・専心を説いた。この場合、罪の自覚が、罪の徹底した究明よりも、むしろ直ちに死への傾斜を伴ったところに特徴がある。
亀井
とのことである。

地獄への恐怖よりも、厭世の悲哀感がつよく、死への誘いがめだつということである。
亀井

当時は、出家という道が、様々に出てくる。
女は、夫を失えば、出家する。

天皇でさえも、出家する。

ただし、問題は、
源氏物語に投影している浄土信仰は、この誘いとそこに生じた寂寥感である。たとい罪の自覚を抱いても、ひとたび出家すれば、さきに述べたように死に接近したそれは余生となる。
出家の本来の姿から言えば、出家とは宗教的新生であり、人間としての再生なのだ。そこに当然生じるであろう法悦を、或いは新生の讃歌を、源氏物語は全く欠いているのである。今昔物語の往生譚や出家譚とはまさに対照的である。
亀井 改行は私

私も、それは、強く思う。

出家後の、それを物語は、語らないのである。
ただ、勤行する。
経典を読む。

その心の様を、書き表さないのである。

入信の生とは、かげろう的存在たることだ。つまり生の流転において生じたひとつの「翳り」であることを物語は告げている。
亀井

私は、それにより、物語が、物語として生きてくるように思う。
「翳り」という、人生観とでも、言う。

それが、「さすらい」であり、「たゆたひ」となり、浄土信仰も、このうちに、抒情化される。
それが、古今集において、「たわやめぶり」となって、あらわれるのである。

日本においては、海外のものを、すべて日本化する、つまり、和風化にする。それは、精神の力である。

仏教の、それらも、多く、和風化されたと言える。

仏教本体の思想から言えば、それは、亜流になる。
しかし、何かしら、辛うじて、仏教として、存在するというのが、日本化、和風化なのである。

源氏物語は、爛熟した王朝における或る意味での「病める部分」である。
亀井

確かに、そのようにも、受け止められる。
深読みすると、そういうことになる。

しかし、物語、散文小説には、現代でも、「病める部分」を見つめる作業ではないかと、私は考えている。

「病める」から、物語を、書きつないでゆくのだ。

それは、健全なものとの、対比ではない。
文学は、人間の「病める」部分に、大きな意味がある。

また、「病める」から、書くという行為が、生きるとも、言う。

そして、再度言うが、物語に、大いに貢献したのは、ひらがな、の成立である。これが、漢字だと、物語は、成り立たないのである。

如何に、ひらがな、が、日本人の心性に、深く添い、そして、物語というものを、生み出したかということが、日本の精神を知る上で、必要なことである。

ひらがな、無しでは、成立し得なかったはずである。
それは、言葉の威力であり、やまと言葉というものに、対する、感性の問題である。

漢字では、書き表せなかったのである。

色好みにおける情緒や陰翳の表現はむろん、綿々として尽きないような心情をあらわす上で、最も効果あるスタイルを形成した。漢字の崩し、その草化、或いは草化による連綿体なしに平安期の物語はおそらく特色を発揮しえなかったろうと。
亀井