もののあわれについて907

阿闍梨の室より、炭などやうの物奉るとて、「年頃にならひ侍りにける宮仕への、今とて絶え果つらむが、心細さになむ」と、聞こえたり。必ず冬ごもる山風防ぎつべき綿衣などつかはししを、思し出でてやり給ふ。法師ばら、童べなどの登り行くも、見えみ見えずみ、いと雪深きを、泣く泣く立ちいでて見送り給ふ。姫たち「みぐしなどおろい給うてける。さる方にておはしまさましかば、かやうに通ひ参る人も、おのづから繁からまし。いかにあはれに心細くとも、あひ見奉る事絶えてやまましやは」など、語らひ給ふ。


君なくて 岩のかけ道 たえしより 松の雪をも なにとかは見る

中の宮
奥山の 松葉につもる 雪とだに 消えにし人を 思はましかば

うらやましくぞ、またも降り添ふや。




阿闍梨の、庵室から、炭などのようにものを、差し上げるということで、長年の間、例になっておりました、御用を、今年から止めてしまいますのも、心細く思いまして、と、申し上げた。
きまって、冬ごもりの防寒用の綿入れなどをやっていたのを、思い出し、お持たせになる。法師連中や、童などが登ってゆくのも、見えたり、見えなかったり、酷く雪が深いのを、泣く泣く、縁までお立ち出になって、見送られる。
御髪をおろし遊ばした、そんなお姿ででも、生きていて下さったら、このように、出入りする人も、自然、多いことでしょう。どんなに悲しく心細くとも、お目にかかれないということは、なかったでしょう。など、語り合っていらっしゃる。

姫君
父上がお亡くなりになり遊ばして、お寺に通う岩のかけ道も、絶えてしまった、今、松の雪を、何と御覧になります。

中の宮
奥山の、松葉に積もる雪とだけでも、消えてしまった、父上を思い申し上げることが出来ましたら、嬉しいのですが。

うらやましいこと、雪は消えても、また、降りますものです。




中納言の君、「あたらしき年は、ふとしもえとぶらひ聞こえざらむ」と思して、おはしたり。雪もいと所せきに、よろしき人だに見えずなりにたるを、なのめならぬ気配して、かろらかにものし給へる心ばへの、浅うはあらず思ひ知られ給へば、例よりは身入れて、おましなどひき繕はせ給ふ。墨染ならぬ御火桶、奥なる取りいでて、塵かき払ひなどするにつけても、宮の待ち喜び給ひし御けしきなどを、人々も聞こえ出づ。




中納言の君、薫は、年が改まれば、ちょっと、お伺いするということも、出来ない、と思いで、お出になった。
雪も酷くて、並々の者でさえ、遠のいてしまったのに、貴いご身分ながら、気軽にお越しになった心根は、うわべだけではない、とよくお分かりになるので、いつもよりは、心を込めて、御座などを、整えさせる。
黒墨ではない御火桶を奥から取り出して、塵を払ったりするにつけても、宮が、この君のお越しを、喜びお迎えなされたご様子など、人々も、申し出すのである。



対面し給ふ事をば、つつましくのみ思いたれど、思ひぐまなきやうに人の思ひ給へれば、「いかがせむ」とて、聞こえ給ふ。うちとくとはなけれど、さきざきよりは少し言の葉つづけて、物など宣へるさま、いとめやすく、心恥づかしげなり。
「かやうにてのみは、え過ぐしはつまじ」と思ひなり給ふも、「いとうちつけなる心かな。なほ移りぬべき世なりけり」と思ひい給へり。




お会いすることが、恥ずかしいとばかり思いだが、あまりにも、思いやりに欠けるように、相手が思いなので、致し方なく、お相手をされる。
打ち解けるというのではないが、以前よりは、少し言葉も多く、物などおっしゃるご様子が、大層品よく、奥ゆかしい感じである。
こんな風にしてばかりでは、すまされまい、という気になるにつけても、本当に、現金な心だ。やはり、こんな風に変わる思いだったのか、と思い、お座りになっていた。

姫と、薫の心の、やり取りである。




薫「宮のいとあやしく恨み給ふ事の侍るかな。あはれなりし御一言を承り置きしさまなど、ことのついでにもや漏らし聞こえたりけむ。またいとくまなき御心のさがにて、おしはかり給ふにや侍らむ。ここになむ、「ともかくも聞こえさせなすべきと頼むを、つれなき御けしきなるは、もてそこなひ聞こゆるぞ」と、たびたび怨じ給へば、心より外なる事と思ひ給ふれど、里のしるべ、いとこよなうもえあらがひ聞こえぬを、なにかは、いとさしももてなし聞こえ給はむ。好い給へるやうに人は聞こえなすべかめれど、心の底あやしく深うおはする宮なり。なほざりごとなど宣ふわたりの、心軽うて、なびきやすなるなどを、めづらしからぬものに思ひおとし給ふにや、となむ、聞くことも侍る。




薫は、匂宮が、大層、酷くお恨みなさることが、ございまして。胸にしみるご遺言を、一言賜りましたことなどを、何かのついでに、申し上げたでしょうか。あるいは、よく気の付くご性分なので、おおよそ、察していらっしゃるでしょうか。私に、何とか申し上げてくれるだろうと、頼りにしているのに、ご返事も頂けないようなものは、取り持ちのしようが、悪いからだ、と、何度もお恨みになるので、心外なことと存じますが、この里のご案内、きっぱりと、お断りも、致しかねるのですが、何も、そのように、することもないでしょう。好き者のように、世間では、噂申すようですが、本当の心は、不思議に深くていらっしゃる、宮様です。冗談などおっしゃる相手の女が、浮ついていて、すぐに靡いてしまうことなどを、いつものことと、軽くお扱なさるか、と聞くこともございます。