もののあわれについて908


何事にもあるに従ひて、心をたつる方もなく、おどけたる人こそ、ただ世のもてなしに従ひて、とあるもかかるもなのめに見なし、すこし心にたがふ節あるにも、「いかがはせむ、さるべきぞ」なども、思ひなすべかめれば、なかなか心長きためしになるやうもあり。くづれそめては、竜田の川の濁る名をもけがし、いふかひなく名残りなきやうなる事なども、皆うちまじるめれ。




何事につけても、あるがままに任せて、自分を押し通すこともない、鷹揚な人は、ただ世の習しのままに、どんな風なものも、適当に、我慢し、少し気に入らないことがあっても、仕方がない。これも因縁だろう。などと、諦めもするのです。かえって、長く添い遂げる場合もあるものです。しかし、いったん崩れてくると、竜田の川の濁る名を汚し、という訳で、あっけなく、跡形もなくなるようなことも、よくあることのようです。




心の深うしみ給ふべかめる御心ざまに叶ひ、ことにそむくこと多くなどものし給はざらむをば、さらに、かろがろしく、はじめ終りたがふやうなる事など、見せ給ふまじき気色になむ。人の見奉り知らぬ事を、いとよう見聞こえたるを、もし似つかはしく、さもやと思し寄らば、そのもてなしなどは、心の限りつくして仕うまつりなむかし。御なかみちのほど、みだりあしこそ痛からめ」と、いとまめやかにて言ひ続け給へば、わが御みづからの事とは思しもかけず、人の親めきていらへむかし、と思しめぐらし給へど、なほいふべき言の葉もなきここちして、姫「いかにとかは、かけかけしげに宣ひつづくるに、なかなか聞こえむこともおぼえ侍らで」と、うち笑ひ給へるも、おいらかなるものから、けはひをかしう聞こゆ。




心の底から、落ち込みなさるご性分にかない、めったに、御意に背くようなことなど、無い方には、決して、軽々しく態度を変えるようなことは、されない御気性でしす。宮様のことで、誰も存じ上げないことも、よく存じておりますので、もし似つかわしいご縁と思いなら、その取り持ちなどは、出来る限り、お骨折りいたします。お仲介役として、足の痛くなるまで、動きましょう。と、大変な真面目なご様子で、言い続けるので、ご自分の事とは、思いもかけず、妹君の親代わりになって、お返事しよう、と、ご思案なさるが、それでも、どう言えばよいのか、言葉に困り、姫は、何と申し上げたらよろしいのか。こう、複雑におっしゃるので、かえって、ご挨拶のしようも、解りません、と、お笑いになるのが、おっとりとしているものの、好ましい感じに聞こえる。

薫が、中君のことを、匂宮と結婚させようとしているのである。




薫「必ず御みづから聞こしめし負ふべき事とも思ひ給へず。それは、雪をふみ分けて参りきたる心ざしばかりを、御覧じわかむ御このかみ心にても、過ぐさせ給ひてよかし。かの御心よせは、またことにぞはべべかめる。ほのかに宣ふさまもはべめりしを、いさや、それも人のわき聞こえがたき事なり。御返りなどは、いづかたにかは聞こえ給ふ」と問ひ申し給ふに、「ようぞたはぶれにも聞こえざりける、なにとなけれど、かう宣ふにも、いかに恥づかしう胸つぶれまし」と思ふに、え答へやり給はず。


雪深き 山のかけはし 君ならで またふみかよふ あとを見ぬかな

と書きて、さし出で給へれば、薫「御ものあらがひこそ、なかなか心おかれ侍りぬべけれ」とて、


つららとじ 駒踏みしだく 山川を しるべしがてら まづや渡らむ

さらばしも、影さえ見ゆるしるしも、浅うは侍らじ」と聞こえ給へば、思はずに、ものしうなりて、ことにいらへ給はず。けざやかに、いともの遠くすくみたるさまには見え給はねど、今やうの若人たちのやうに、えんげにももてなさで、いとめやすくのどかなる心ばへならむとぞ、おしはかられ給ふ人の御けはひなる。かうこそはあらまほしけれ、と、思ふにたがはぬ心地し給ふ。ことにふれて気色ばみ寄るも、知らず顔なるさまにのみもてなし給へば、心はづかしうて、昔物語などをぞ、ものまめやかに聞こえ給ふ。




薫は、何も、ご自分の事として、お聞きになることでもないと、存じます。あなた様は、雪を踏み分けて、お尋ねしてまいりました私の志だけを、お汲み取り下さる姉君らしい、お考えでいてください。あの宮様のお心は、違う方らしいようです。お便りなども、されたように聞いておりますが。どうでしょう。それも、人には、判断申し上げにくいことです。お返事などは、どちらの方が、差し上げるのでしょう。と、お尋ねになるので、姫は、よくまあ、冗談にもせよ、お返事を上げなかったこと。何という事はないけれど、こうおっしゃるとき、どれほど恥ずかしく、はっとすることでしょう。と、思うと、お返事も出来ないのである。


雪の深い、山の架け橋は、あなた以外、踏み通ってくる人は、ありません。文は、あなただけです。

と書いて、差し出されると、薫は、言い訳なさるのが、かえって、気になります。とて、


氷の上を、馬が踏み出して逝く、この山川、宮のご案内がてら、まず、私が渡りましょう。

そうなってこそ、こうしてまいります。浅き心を我が思はなくにの、私の甲斐も、あったというものでございます。と、おっしゃるので、事の意外さに、不愉快になり、格別お返事もされない。
際立って、よそよそしく、取り澄ました風には見えないが、今時の、若い女たちのように、気取ったそぶりもなく、いかにも、好ましく、おおらかな心のように、見受けられるお人柄である。
女は、こうあって欲しいものと、期待通りの、お気持ちがする。何かにつけて、思いをほのめかされるのだが、気づかないふりばかりされるので、気恥ずかしく、昔話などを、真面目に申し上げる。

浅き心を我が思はなくに・・・
古今集
浅香山 影さえ見ゆる 山の井の 浅くは人を 思ふものかは