もののあわれについて909


「暮れはてなば、雪いとど空もとぢぬべう侍り」と、御供の人々こわづくれば、帰り給ひなむとて、薫「心苦しう見めぐらさるる御住まひのさまなりや。ただ山里のやうにいと静かなる所の、人も行きまじらぬ、侍るを、さも思しかけば、いかにうれしく侍らむ」など宣ふも、「いとめでたかるべき事かな」と、片耳に聞きて、うち笑む女ばらのあるを、中の宮は、「いと見苦しう、いかにさやうにはあるべきぞ」と見聞きい給へり。




暮れてしまいますと、雪が道ばかりか、空までふさぎそうでございます。と、御供の人々が、お立ちを促すので、お帰りになろうとされながら、薫は、見ていて、辛くなりますお住まいのご様子です。まるで、山里のように、静かな所で、誰も行ったりしない所が、ございます。もし、お引越し下さるなら、どんなにか、嬉しうございます。などと、仰せになるのを、大層結構なこと、と、小耳にはさんで、思わず微笑んでいる、女房もいるのを、中の宮は、みっともない。どうして、そんなことが出来ましょう。と、思いである。




御くだものよしあるさまにて参り、御供の人々にも、肴などめやすき程にて、かはらけさし出でさせ給ひけり。また御移り香もて騒がれし宿直人ぞ、かづらひげとかいふ面つき、心づきなくてある。「はかなの御たのもし人や」と見給ひて、召しいでたり。薫「いかにぞ、おはしまさで後、心細からむよるべも侍らぬ身にて、一ところの御影にかくれて、三十余年を過ぐし侍りにければ、今はまして、野山にまじり侍らむも、いかなる木のものをかは頼むべく侍らむ」と申して、いとど人わろげなり。




御果物を、品よく盛って、差し上げ、御供の人々も、肴など体裁よくして、酒をお勧めになる。
それから、君の、御移り香で評判をとった下男が、かずらひげという、不細工な顔つきで、気に食わぬ様子である。頼りない番人だと、御覧になり、お召しになった。薫は、どうだね、お亡くなり遊ばしてから、心細いことであろう。などと、お尋ねになる。泣き顔で、気弱そうに、泣く。下男は、この世に、頼る身よりもない者でございます。宮様お一方の、お慈悲におすがりして、三十余年を送ってまいりましたから、今となっては、野山にさすらい出るにしましても、どのような、木の本を頼りましょう。と申して、ますます、みっともない様子である。




おはしましし方あけさせ給へれば、塵いたう積もりて、仏のみぞ、花のかざり衰へず、行なひ給ひけりと見ゆる御床など取りやりて、かき払ひたり。「ほいをもとげば」と契り聞こえし事思しいでて、


立ち寄らむ 蔭と頼みし 椎が本 むなしきとこに なりにけるかな

とて、柱に寄り給へるをも、若き人々は覗きてめで奉る。




生前使われていた、お部屋を開けさせて、御覧になる。塵が酷く積もって、仏様ばかりか、華やかな飾りつけのままで、勤行をされていたらしい、御台などは、取り片づけて、掃除してある。出家を果たした節には、とお約束申し上げたことを、思い出し、


立ち寄るべき、蔭ともお頼りしていた宮は亡くなり、その居間は、空しい床となってしまった。

と、おっしゃり、柱に寄りかかかって、お出なのを、若い女房たちは、隙見して、褒め申し上げる。




日暮れぬれば、近き所々に、御荘など仕うまつる人々に、みまくさ取りにやりける、君も知り給はぬに、いなかびたる人々はおどろおどろしくひきつれ参りたるを、「あやしうはしたなきわざかな」と御覧ずれど、老人に紛らはし給ひつ。大方かやうに仕うまつるべく、仰せおきて出で給ひぬ。




日が暮れたので、近くの、あちこちに、荘園などを預かる人々の所に、みまぐさ、を取りにやったが、君は、何もご存じなかったが、田舎くさい人々は、ご大層に連れ立ってやってきたので、けしからん、みっともないこと、と思いになるが、老女に用事で来たように、誤魔化してしまった。
いつものように、御用を勤めるよう、仰せおかれて、お出ましになった。