もののあわれについて910


年かはりぬれば、空のけしきうららかなるに、みぎはの氷とけたるを、「ありがたくも」と、ながめ給ふ。ひじりの坊より、「雪消えに摘みて侍るなり」とて、沢の芹、蕨など奉りたり。いもひの御だいに参れる。「所につけては、かかる草木のけしきに従ひて、行きかふ月日のしるしも見ゆるこそをかしけれ」など、人々の言ふを、何のをかしきならむ、と聞き給ふ。


君がをる 峰のわらびと 見ましんば 知られやせまし 春のしるしも

中の宮
雪深き みぎはの小芹 誰が為に 摘みかやさむ 親なしにして

など、はかなきことどもを、うち語らひつつ、明け暮らし給ふ。




年が改まると、空の景色もうららかに、岸の氷が解けているのを、不思議な気持ちで眺めていらっしゃる。
聖の坊から、雪消えに摘んだのでございます。と言って、和の芹や、わらびなどを、差し上げた。精進料理の、お膳部にして、お供えする。
田舎は田舎で、こういう草木の変化につけて、移り行く月日の印が、見えるのは、面白いこと。など、人々が言うのを、何の面白いことが、とお聞きになる。


父上のいらっしゃる、峰のわらびと思えるのなら、これを春の来た印と、思いましょうに。

中の宮
雪の深い沢の、小芹も、いったい、誰のために、摘んで楽しみましょう。親のいない、私たちは。

などと、とりとめのないことを話し合いつつ、日を送っていらっしゃる。




中納言殿よりも宮よりも、折すぐさずとぶらひ聞こえ給ふ。うるさくなにとなきこと多かるやうなれば、例の、書きもらしたるなめり。

花ざかりの頃、宮かざしを思しいでて、そのをり見聞き給ひし君達なども、「いとゆえありし親王の御住まひを、またも見ずなりにしこと」など、おほかたのあはれを口々に聞こゆるに、いとゆかしう思されけり。

匂宮
つてに見し 宿の桜を この春は 霞へだてず 折りてかざさむ

と、心をやりて、宣へりけり。「あるまじき事かな」と見給ひながら、いとつれづれなる程に、見所ある御文の、うはべばかりをもてけたじ、とて、

中の宮
いづことか 尋ねて折らむ 墨ぞめに 霞こめたる 宿の桜を

なほかくさし放ち、つれなき御けしきのみ見ゆれば、まことに心うしと思しわたる。




中納言様からも、宮様からも、折をはずさず、お見舞い申し上げる。煩わしく、何でもないことが、多く書いてあるようなので、いつものように、書き洩らしたのでしょう。

花盛りの頃、宮様は、かざし、の歌を去年やったことを思い出され、あの折に、ご一緒した、若殿原なども、たいそう、趣のありました、親王の御住まいを、二度と、見ないことになりました。など、世の常の、儚さとして、口々に申し上げるので、尚の事、行きたくないと、思召すのである。

匂宮
この前は、事のついでに、宿から見た、あなたの家の桜を、今年の春は、霞を隔てず、手折って、かざしたい。

と、お気持ちを隠さず、仰せになった。あるまじきこと、とは、御覧になりながらも、することもない折でもあり、美しい御文の、うわべの趣だけでも、損じまいと、

中の宮
何処と、お尋ねになって、手折りなさるのでしょう。墨ぞめの、霞に閉じ込められている、家の桜です。

矢張り、こう突き放した、そっけないお返事ばかりなので、心底、恨めしいと思い続けるのである。