国を愛して何が悪い184

12世紀の、底辺の人々の声を聞くとすると、有名な文献、梁塵秘抄である。

これは、当時の歌謡(今様)集十巻である。
その口伝集九巻は、嘉応元年、1169年、後白河上皇によって、撰述され、治承三年、1179年に、巻十が加えられて、完成した。

全部で、20巻だが、現存するものは、口伝巻十の一と、歌謡集巻の一の抄出本、巻の二だけである。

今昔物語より後の成立だが、もし全二十巻が残っていたならば、これは歌を以て表現した今昔歌謡集とでも名づけられるべきものとなったであろう。神事仏教関係から、あらゆる風俗にわたっていることは、今日伝わるおよそ五百七十篇からもうかがわれる。
亀井

この辺りから、中世への道が始まるようである。

現存するものの中には、法文歌や神歌が相当多いが、それとあわせて民衆の色好みの世界や、流転の悲しみを詠じたものがあって、言わば梁塵秘抄世俗篇とも言える歌謡の一群がある。「古風」ではないが、万葉から古今に至る過程の風俗歌、民謡にもつながる心情がみられて興味深い。・・・
亀井

内容については、省略する。

ただ、後白河上皇の態度である。
一生を通して、あらゆる階級の人々に会い、今様を集めた心境である。
歌の道には、上下がないという、精神である。

王朝から中世への推移を、単に政権の交代期をもって区別することが出来ないのは言うまでもない。武家の台頭と身分関係の変化、藤原の経済的地盤の動揺、僧の暴力化や盗賊の横行など、すべて王朝自体の内部矛盾としてつづいてきたものである。
亀井

11世紀から、12世紀に渡り、中世が人々の心の中に、準備されているようである。

そして、更に、12世紀以後は、女房文学が衰退し、男の中に、これが明確な姿となって、現れる。
つまり、物語が、男たちの手により、語られる時代が来るということである。

他方、比叡山や南都の僧・僧兵の堕落に反抗し、宗団とは絶縁したかたで、山から俗世へ逆に「隠世」した僧たちがいる。彼らと隠者たちと、ここに12世紀以後の精神の主要な課題が集中してくるわけである。
亀井

尚、女房文学は衰退するが、その精神が、また美意識が、新古今へと続いて行くことになる。

中でも、亀井は、藤原俊成を上げて、説明する。

元久元年1204年、91歳で歿しているから、藤原の栄華からその没落、源平合戦、平泉の壊滅、鎌倉幕府の成立と、乱世と興亡盛衰のあとをしばらくその眼で見て来た人だ。宮廷歌人として、彼が女房文学や古今集以来の勅撰集から、どんな課題を受け継ぎ、何を確立したかは13世紀に成立した新古今集をめぐって、その子定家とともに語らなければならない。
亀井

そして、もう一人は、西行である。
更に、法然である。

西行については、別エッセイもののあわれについて、で、取り上げるので省略する。

法然により、鎌倉仏教と言われる、一連の今に至る、宗派が生まれる。
鎌倉仏教も、精神史においては、一大テーマとなりうる。

彼の直面したのは言うまでもなく浄土信仰である。僧の破戒と、宗団の腐敗を目前にするとともに、信仰の内的危機を痛感した人だ。西行と同じような問いを、彼も抱いていたはずだ。
亀井

法然により、仏教が、一般大衆に広まったことは、否定出来ない。
それが、また、猛烈な勢いで、またたく間に、広まったこと。

仏教の変容を促したとも、言える。
伽藍仏教から、草庵仏教・・・
貴族仏教から、庶民の仏教への道である。

明らかに、新興宗教である。

そして、それは、実に日本的に解釈された、仏教となる。

12世紀後半は、まさに、激動の時代である。
保元の乱、平治の乱、頼朝挙兵、平家滅亡、奥州平泉滅亡、内乱の時代といえる。

律令国家は、およそ、500年を経て、白河、鳥羽、後白河の三上皇の、放埓な政治により、壊滅した。
その根底には、天皇家、藤原家、地方豪族等の、荘園をめぐる争奪戦がある。

地方武士団と、僧兵の武力の世界が中心になり、一種の無政府状態を作り出した時代であると、言える。

時代は、乱世へと続く。
平安期の、平和はない。

12世紀後半からの、源平合戦により、女房たちの運命は、激変した。

源氏物語と、平家物語は、およそ、230年ほどの歳月が流れる。


鎌倉時代の念仏宗の僧たちの言行録を集めた、一言芳談、に出てくる一節を上げる。

比叡の御社に、いつはりかんなぎ(巫女)のまねしたるなま(若い)女房の十禅師の御前にて、夜うちふけて、人しづまりて後、ていとうていとうと、つづみをうちて、心すましたる声にて、とてもかくても候、なうなうとうたひけり。其心を人に問はれて云、生死無常の有様を思ふに、この世のことはとてもかくても候、なう後世をたすけ給へと申すなり。

これが、中世の女房である。

肉親か愛人を失って、孤児にでもなった若い女房の物語などが想像される。言わば内乱を通過した後の女の哀音であり、女房文学の次第に細間って行って、その最後の余韻を聞くような思いがする。
亀井

鎌倉、室町へと続く、精神史である。