国を愛して何が悪い186

中世、特に、鎌倉時代とは、空前絶後の、信心決定、しんじんけつじょう、の時代であると言える。

それが、精神史に大きな影響を与えた。

法然以下そうだが、鎌倉仏教を支えた人々は、造型からも文学からも離脱し、信仰そのものの内的純化を志した。阿弥陀仏を信じたが、阿弥陀仏堂の荘厳美などはきれいに捨ててしまった。釈迦歌にさえ未練はなかったろう。源信の口称念仏ーーー易行・専心を、乱世の中で徹して行けばそうならざるをえないのである。出来うるかぎりの簡素な生活形態も、このような「死の凝視」に発した。
亀井

つまり、死ぬことを、学ぶ必要があった時代と、言える。
目の前に、死が、溢れるほどに、存在したのである。

平安期にも、そのような僧は、存在していたが、文学から絶縁するまでではなかった。

であるから、当時の文学を、現代の目では、見ることは難しいし、解釈するのも、単純ではない。

更に、同時代として、法然、栄西、親鸞、明恵、道元、日蓮が現れ、その信仰の純化過程において、文学の否定にまで至る。
だが、彼らの、残した文の数々は、今では、実に有意義な、文学、思想と言えるのである。

つまり「たゆたふ心」に、信仰の側から決断を迫ったということだ。逆に言えば、歌や軍記物の作者だけではなく、この時代に生きる人すべてが決断を迫られつつ生きたというこだ。
亀井

それは、証拠として、今昔物語、発心集、一言芳談抄、多くの仏教説話集、法語集に見られる、無名の人々の信仰こそ、重要とみる。

時に、この時代を生きた人、西行を亀井は、見ている。

少しばかり、西行に触れることにする。

関東奥州にかけての豪族のひとりであり、北面の青年武士であった佐藤義清が、出家して西行となる。
30歳の頃、空海の遺訓を慕い、高野山に入る。

ここを中心に、30年間修行したと伝えられる。
信仰と、歌の形成された、最も重要な時期といえる。

その、山家集には、巡礼の時に、讃岐に流された、崇徳院の御陵を拝し、続いて、弘法大師の遺蹟を巡った時の、詞書と歌がある。

めぐり逢はむ ことの契りぞ たのもしき きびしき山の 誓ひ見るにも

だが、西行は、密教にだけ始終したかといえば、浄土宗にも傾倒し、同時に、他宗の教えにも、更に、神仏習合の歌も詠むという、混合した、雑修と呼ばれる道を選んでいる。

西行の信仰とは一体何かということになるが、密教の自力修行を根幹とした「雑修」であったと一応言いうるだろう。そのために密教と浄土教とのあいだに、微妙な相克を経験したかもしれない。一見平明にみえる歌の背後にある心の格調は、様々の執着からも起こったであろうが、同時に、信仰自体に生じた決定不可能の苦悩に発したものではなかったろうか。
亀井

亀井の、解釈は、ある程度は、納得するが・・・
当時は、修験道という、矢張り、雑修に近い行者たちも、数多く存在していた。

特別な存在ではないと、私は思う。

仏教という、全体に対しての、信仰であり、更に、日本の神に対する、畏敬もあり、日本人の元々の、自然崇敬から発したものと、考える。

であるから、あの、歌の格調さが、実に素直に感じるのである。

手掛かりは、歌である。
西行調と言われる、歌の数々である。

西行には直接大日如来を歌ったものはない。彼には一体何に心をひかれていたのか。おそらく空海の身証した秘密である。宇宙の大生命ともいうべき大日如来の秘密に直入し、自らが生き身のまま秘密身と化するあの「行」の魅力に心ひかれたにちがいない。宗教と芸術の境界も撤去され、「能く迷い能く悟る」という連続したかたちで創造の秘密に直面し、この秘密の無限性に自らを化する以外に、いかなる最上智があるか。これが空海の信仰である。
亀井

彼の特徴を示す歌は、根本においてここに発した「修行歌」とも呼びうるもので、歌の形で示された宗教的行とも言える。花鳥風月や恋を詠じても、背後にひびいているのはこの苦悩に発した呪言のようなものであった。
亀井

確かに、それもあるだろうが・・・
矢張り、西行の中には、伝統が息づいていた。
つまり、万葉の頃からの、日本人の雄大さである。

歌のスケールが、大きい。
歌にするようなものでなくとも、歌にした。

そして、もののあはれ、である。
連綿として、もののあはれ、の心象風景を抱いていたのである。

今日の我々は、歌をただ文学として、歌からのみ解釈して案じていられるけれど、古代人や中世人にとっては信仰との微妙な接点であり、まして信仰を歌うことは一大事であった。矛盾を自覚したからである。
亀井

その矛盾とは・・・

文学と、信仰の対立である。
それは、芸術との対立といっても、いい。

だが、結果、芸術が勝つのである。
宗教は、時代性、時代精神により、変質する。
しかし、芸術は、永遠不滅である。

人間が生きている限り、芸術は、伝えられる。
宗教は、全く、変質して、本来のものさえ、解らなくなる。

何故か・・・
それは、宗教は、妄想だからである。
芸術の妄想性は、まだ救いがある。

だが、これは、このエッセイの本意ではないから、これ以上は、別エッセイ、神仏は妄想である、に譲る。