国を愛して何が悪い188

西行の歌は反省的であり、自己へ呼び掛けるようなものが多いのは事実だが、しかし彼ほど好奇心の強かった人はない。周囲に吹きすさんでいた内乱の嵐に無関心であったはずはない。激しい武士的な死と、僧の荒行による死と、京の強盗殺人の横行と、併せて落葉のように流転してゆく女房の哀音と、こういう状況にかこまれていた彼の心は穏やかであったろうか。
亀井

「世の中に武者起こりて、東西南北、いくさならぬ所無し。うち続き人の死ぬる数聞くおびただし。まこととも覚えぬ程なり。こは何事の争ひぞや。哀れなることのさまかと覚えて」

死出の山 超ゆる絶え間は あらじかし なくなる人の 数続きつつ

「宇治のいくさかとよ、馬筏とかやにて渡りたりけりと聞こえしこと思ひ出でられて」

沈むなる 死出の山川 みなぎりて 馬筏もや かなはざるらむ

頼朝の挙兵は、治承4年、1180年で、平家滅亡まで五年の間、内乱が続く。
鎌倉幕府が成立し、やがて衣川の合戦で、平泉藤原一族の滅亡したのは、文治五年、1189年である。

その翌年、西行は、73歳で歿した。

西行は、死ぬまで、その活動を止めないのである。
70歳を越えた、老人が、奥州にまで行脚するとは、容易なことではない。

鎌倉を通り、平泉で見たものは、滅亡の運命にある、衣川城と、同族であった。

しかし彼は身心ともに「衰え」というものを知らなかった人だ。世を捨てて隠れてあるべき存在でありながら、やがて行風の吹くであろう奥州まで何故出歩くのか。その肉体が強壮であったように、精神の肺活量といったものも逞しく、生涯のあらゆる苦悩を晩年まで執拗にひきずって歩いたということと同じだろう。
亀井

さてもこは いかがすべき 世の中に あるにもあらず 無きにしもなし

風になびく 富士の煙の 空に消えて 行方も知らぬ 我が思ひかな


この、歌の、軽みは、何であろうか・・・
苦悩、修行に生きたと言えど、それは、夢、儚き事と、得心したようである。

実は、悟り、というものも、夢幻と、それこそ、悟ったのかもしれない。

兎に角、日本の精神史に、大きな足跡を残したことは、間違いない。

さて、次は、鎌倉仏教、つまり、宗教改革と言ってよい、状況を作り出した、最初の人、法然である。

西行の歌風の独自性は、新古今集のなかにおいてみれば一層あきらかだが、法然の辿った宗教改革への道も、たとい不徹底な点があり、明恵や日蓮に激しく非難されたとしても、鎌倉新仏教の展開の上では決定的と言ってもいいほどの重要な役割を果たしたのである。
亀井

推古天皇の頃からの、仏教を基点とすれば、12世紀に至るまで、すでに600年の年月を過ぎている。

その間に、聖徳太子、行基、鑑真、最澄、空海、源信と、それぞれの、時代を代表する卓越した、思想家が、現れた。

また、奈良六宗と、天台真言の二宗を通して、万巻の経典に精通した、学僧、高徳の聖も、多く現れた。

国分寺をはじめ、貴族家の壮麗な寺院も、次々と建立されたが、結局、何が成就したのか。
それらは、一体、何だったのか・・・

源平合戦を中心とした12世紀の乱世において、この疑惑は決定的に深まったようである。
亀井

南都北嶺は、荘園の大地主であり、僧兵を抱えた軍師勢力である。
ある場合は、暴力団であった。
略奪と流血を繰り返し、寺院そのものが、恐怖の殿堂と化したのである。

仏教は、最早、生命を失った。
末法思想は、絶望の表現だが、法然は、それを信仰の危機として、認めたのだろう。

そして、最初の人である。

現代の仏教も、衰退の極みを行く。
何故か・・・

仏教の教えとは、何か・・・
生きるための、知恵だったのではないか。
だが、ご利益という、目に見える形を見せる、新興宗教に潰されている。

ある年代が、物故した後は、もう、その鎌倉仏教に始まる、仏教の宗派は、自滅するだろうと、思える。

つまり、現代に力が、無いのである。
単なる、自己満足の、僧侶たちの、玩具と化したと言って、よい。

と、すれば、乱世の如くの世の中に、似る。

最も悲惨な底辺の人々の信仰なくして、そもそも仏教は成立するだろうか。片岡山に飢えた旅人をいたわった聖徳太子伝説は、この根本を告げている。底辺の人々は、貧者や病者だけではない。破壊や犯罪の苦悩に生きる人々をもふくめて、言わば絶望者に眼を向けるところに仏の慈悲があるはずだ。末法の世に絶望した法然がこれを改めて痛切に自覚しなかったはずはない。
亀井

それでは、現代も、そのようである。
寺は、金儲けと化して、仏の教えなど、何処にもない。
つまり、商売になったのである。

宗教法人として、国に守られて・・・
金儲けである。

ズタボロの姿の、僧侶など見たことが無い。
実に、立派な衣装を身に着けて、呆れるほどに、貪欲である。

一般人よりも、大枚な生活をしている。
勿論、檀家のいなくなった、田舎の寺では、もう、絶望的である。
何が、絶望と言うか・・・
つまり、仏教が、消滅したのである。

それは、仏教自体が、嘘だったということになる。