もののあわれについて918

姫宮は、人の思ふらむ事のつつましきに、とみにもうち臥され給はで、たのもしき人なくて世を過ぐす身の心のうきを、ある人ども、よからぬこと何やかやと、つぎつぎに従ひつつ、言ひいづめるに、心よりほかの事ありぬべき世なめり、と思しめぐらすには、この人の御けはひありさまの、うとましくはあるまじく、故宮も、さやうなる御心ばへあらば、と、折々宣ひ思すめりしかど、みづからはなほかくて過ぐしてむ。われよりは、さまかたちも盛りに、あたらしげなる中の宮を、人なみなみに見なしたらむこそうれしからめ。人の上になしては、心のいたらむ限り思ひ後見てむ。みづからの上のもてなしは、また誰かは見あつかはむ。この人の御さまの、なのめにうち紛れたる程ならば、かく見慣れぬる年ごろのしるしに、うちゆるぶ心もありぬべきを、はづかしげに見えにくきけしきも、なかなかいみじくつつましきに、わが世はかくて過ぐしはててむ、と思ひ続けて、ね泣きがちに明かし給へるに、なごりいとなやましければ、中の宮のふし給へる、奥の方に添ひふし給ふ。




姫宮は、皆が、どのように思うかと、恥ずかしくて、すぐには、横にならずに、頼りになる人もなくて、暮らすわが身の辛さ。ここの女房達も、けしからぬことを、何やかにやと、次から次に言い出すようだ。望んでもいないことが、きっと起こるに違いない。と、思案されるにつけても、この方の、ご様子といい、態度といい、嫌らしいところは、ありそうにない。父宮も、そうした気持ちがあればと、時々、おっしゃりもし、思いもしていたようだった。けれど、私自身は、矢張り、このままで、通そう。私よりは、顔や、姿も、今が盛りで、惜しいような、中の宮を、人並みに、お世話したら、それこそ、どんなに嬉しいだろう。人の事としてなら、気の付く限り、尽くして面倒を見よう。自分の身の世話は、一体、誰が見てくれるだろう。あの方の、ご様子が、十人並みで、取り立てていうほどでもなかったら、こうして親しくして来た、この年月のせいで、気を許してもいたかもしれないが、気後れしてしまって、会うことも、気づまりだ。かえって、とても、きまりが悪いし、私は、このまま、独り身で終わろう。と、考え続けて、つい、声を立てて泣き泣き、朝を迎えたが、昨夜のことで、気分が酷く悪いので、中の宮の寝ている、奥の方で、横になられるのである。




例ならず人のささめきしけしきもあやし、と、この宮はおぼしつつ寝給へるに、かくておはしたればうれしくて、御ぞ引き著せ奉り給ふに、御うつりがの紛るべくもあらず、くゆりかかるここちすれば、とのい人がもてあつかひけむ思ひあはせられて、まことなるべし、といとほしくて、寝ぬるやうにて物も宣はず。




いつになく、皆が、ひそひそと話ていた様子も、おかしいと、この宮は、思いつつ、寝ているところへ、こうしてお出でになったので、嬉しくて、御夜着を掛けてあげると、この移り香は、他の誰でもない、煙かかる気がする強さに、宿直人が、もてあましていたのと、同じと気付き、本当だったのだ、と、労しくて、寝た振りをして、物も言わない。




まらうどは、弁のおもと呼びいで給ひて、こまかに語らひ置き、御せうそこすくすくしく聞こえおきて出で給ひぬ。

あげまきをたはぶれにとりなししも、心もて尋ばかりのへだてにても、対面しつるとや、心もて尋ばかりのへだてにも、対面しつるとや、この君も思すらむ、と、いみじく恥づかしければ、ここちあしとて、なやみくらし給ひつ。





お客は、弁の君を呼び出して、細々と、頼み込み、ご挨拶を、しかつめらしく申し上げ、お立ちになった。
あげまきを、冗談にしてしまいはしたが、承知の上で、一尋ほどの、隔てはあったとしても、対面したのだと、この君も、思いだろう。と、酷く、恥ずかしいので、気分が悪いと言って、一日中、お休みだった。




人々、「日は限りなくなり侍りぬ。はかばかしく、はかなき事をだにまた仕うまつる人もなきに、折あしき御なやみかな」と聞こゆ。
中の宮、組などしはて給ひて、「心葉など、えこそ思ひより侍らね」と、せめて聞こえ給へば、暗くなりぬる紛れに、起き給ひて、もろともに結びなどし給ふ。




女房たちが、日が長くなりました。頼もしく、ちょっとしたことでさえ、他には、お役に立つ人もないのに、あいにくの、ご病気です。と、噂する。
中の宮は、組紐など、仕上げになって、心葉など、とても、手に負えません、と、無理にせがむので、暗くなったのに紛れて、起きられた。一緒に、結んだりする。




中納言殿より御文あれど、姫宮「けさよりいとなやましくなむ」とて、人づてにぞ聞こえ給ふ。「さも見苦しく、若々しくおはす」と、人々つぶやき聞こゆ。




中納言殿、薫より、御文あれど、今朝から、とても気分が悪くて、と、人づてで、申し上げる。そんなみっともない。子どもっぽくしていらっしゃる。と、女房たちが、ぶつぶつ言う。