もののあわれについて919

御服などはてて、脱ぎ捨て給へるにつけても、かた時もおくれ奉らむものと思はざりしを、すかなく過ぎにける年月の程を思すに、いみじく思ひのほかなる身の憂さと、泣き沈み給へる御さまども、いと心ぐるしげなり。月ごろ黒くならはしたる御姿、うすにびにて、いとなまめかしくて、中の宮はげにいと盛りにて、うつくしげなるにほひまさり給へり。御髪などすましつくろはせて見奉り給ふに、世の物思ひ忘るるここちして、めでたければ、人知れず、近おとりしては思はずやあらむ。と、たのもしくうれしくて、今はまた見ゆづる人もなくて、親心にかしづきたてて見聞こえ給ふ。




御喪服も終えて、脱いでしまうにつけても、しばらくでも、後に生き残るとは、思いもしなかった。あっけなく、過ぎてしまったこの年月を考えると、ことのほか、意にそまない身の上の辛いことと、泣き沈んでいる、お二人のご様子は、とても、可哀そうである。
ここ、幾月か、黒いものばかりだったお姿が、薄鈍色になり、とても美しく、中の宮は、今が盛りで、可愛らしさが優れていらっしゃる。御髪など、洗い整えさせて見上げると、この世の憂いも、忘れる気がする程、見事なので、心の中で、期待外れと思わないだろうと、頼もしく嬉しくて、今は、他に任せる人もいないので、親の気持ちで、大切にお世話申し上げる。

中の宮は、24歳。姫宮は、26歳である。




かの人は、つつみ聞こえ給ひし藤の衣も、改め給へらむなが月も、しづごころなくて、またおはしたり。例のやうに聞こえむ、と、また御せうそこあるに、姫宮「心あやまりして、わづらはしくおぼゆれば」とかく聞こえすまひて対面し給はず。薫「思ひのほかに心うき御心かな。人もいかに思ひ侍らむ」と御文にて聞こえ給へり。姫宮「今はとて脱ぎ侍りし程の心まどひに、なかなか沈み侍りてなむ聞こえぬ」とあり。




あの人は、ご遠慮申した喪服も、お召替えされるはず。九月になってはと、気が気ではなく、改めてお出でになった。いつものように、お話し申しましょうと、改めて、ご挨拶があるので、姫宮は、気分が優れず、大義に思われますので。と、何かと、申し逃れをして、対面されない。
薫は、案外に冷たいお心です。皆も、どのように思いますやら。と、お手紙で申し上げる。姫宮は、今を限りと、脱ぎ捨ててしまった時の悲しさに、前より、ふさぎ込んでおりまして、お話し申せません。との、返事である。




うらみわびて、例の人めしてよろづに宣ふ。世に知らぬ心細さのなぐさめには、この君をのみ頼み聞こえたる人々なれば、思ひにかなひ給ひて、世の常の住みかに移ろひなどし給はむを、いとめでたかるべき事に言ひあはせて、ただ入れ奉らむと、みな語らひあはせけり。




恨みのやり場なく、いつも通り、老女を呼び、色々とおっしゃる。世に、またとない、心細さを和らげるには、この君だけを頼りに存じ上げている人々なので、望み通りになって下さって、世間並に住まいに、お引越しなどされたら、何より、と言い合い、かまわず、お入れしようと、皆で、示し合わせた。




姫宮そのけしきをば、深く見知り給はねど、「かくとり分きて人めかしなつけ給ふめるに、うちとけてうしろめたき心もやあらむ。昔物語にも、心もてやは、とある事も、かかる事もあめる。うちとくまじき人の心にこそあめれ」と思ひより給ひて、「せめてうらち深くは、この君をおしいでむ。おとりざまならむにてだに、さても見そめては、あさはかにはもてなすまじき心なめるを、まして、ほのかにも見そめては、なぐさみなむ。ことにいでては、いかでかは、ふとさる事を待ち取る人のあらむ、本意になむあらぬと、うけひくけしきのなかなるは、かたへは人の思はむ事を、あいなう浅き方にやなど、つつみ給ふならむ」と思し構ふるを、けしきだに知らせ給はずは、罪もや得む、と、身をつつしみていとほしければ、よろづにうち語らひて、姫宮「昔の御おもむけも、世の中をかく心細くて過ぐしはつとも、なかなか人わらへに、かろがろしき心つかふな、など宣ひおきしを、おはせし世の御ほだしにて、おこなひの御心を乱りし罪だにいみじかりけむを、今はとて、さばかり宣ひし一言をだにたがへじ、と思ひ侍れば、心細くなどもことに思はぬを、この人々の、あやしく心ごはきものに憎むめるこそ、いとわりなけれ。げにさのみ、やうのものと過ぐし給はむも、明け暮るる月日にそへても、御事をのみこそ、あたらしく心ぐるしく悲しきものに思ひきこゆるを、君だに世の常にもてなし給ひて、かかる身のあれさまもおもただしく、なぐさむばかり見奉りなさばや」と、聞こえ給へば、いかに思すにか、と心憂くて、中の宮「一ところをのみやは、さて世に果て給へとは聞こえ給ひけむ。はかばかしくもあらぬ身のうしろめたさは、数をそひたるやうにこそ思されためりしか。心細き御なぐさめには、かく朝夕に見奉るより、いかなる方にか」と、なまうらめしく思ひ給へれば、げに、と、いとほしくて、姫宮「なほこれかれ、うたてひがひがしきものに、言ひ思ふべかめるにつけて、思ひ乱れ侍るぞや」と、言ひさし給ひつ。




姫宮は、その様子を、そこまでは、お察しではないが、こうして、弁を特別扱いして、手なずけて、おいでらしいから、あちらに味方して、こちらに困る考えを持つかもしれない。昔の物語を見ても、自分の気持ちで、そのようなことも、起こるかもしれない。気を許してはならないのは、女房なのだ。と、気づかれて、しつこく恨むようなら、この君を、勧めよう。見劣りするとしても、そういうことで、いったん会ったら、軽々しく扱いなさりそうにない、人柄らしいし、まして、ちらっとでも、見たら、気が変わろう。口に出しては、どうして、すぐに、そんなことを、待ってましたと、承知する人があろうか。望みに違うと、引き受ける様子がないのは、一つには、人の思惑を、いやらしい薄ぺらなとと、取られはしないかなど、気にしているのだろう。と、計画されるが、素振りにも、見せなければ、恨みも受けようと、身につまされて、労しいので、色々と話をされて、
姫宮は、亡くなった父宮の御考えも、世の中を、不自由のうちに終わるにしても、かえって、物笑いになるような、浅はかな考えは、起こすな、など、ご遺言なさったのに、生きておいでの時、足手まといになり、ご修行の、お心を乱した罪さえ大変なのに、最期に、あれほど仰せになった、一言だけでも、背くまいと思います。心細いなどとも、別に思わないのに、この女房たちが、偏屈で、強情で、憎んでいるらしいのは、困ります。でも、確かに、そうそう同じ独身で、お過ごしになるのも、こうして、月日が経つにつれて、あなたの御身だけでは、惜しくて、お気の毒で、愛おしいと存じます。せめて、あなたは、世間並に、ご縁を頂いて、こんな私までが、自慢に、晴れ晴れと、見上げるほどにしたくて。と、申し上げると、
何と、お考えなのかと、情けなくなり、一方だけ、そのまま、独り身で、お過ごしなさいなどと、おっしゃったのでしょうか。しっかりしていない者との、ご心配は、私にこそ、余計なことのように、なさっていたのではありませんか。心細さのお慰めには、こうして、朝夕に、ご一緒します他に、どんな仕方がりあましょう。と、何やら、恨めしそうに、思いなので、無理もないと、可哀そうで、でも、誰かが、いやな変り者と、いいもし、思っているのを見るにつけ、途方にくれてしまいました。と、口をつぐみになった。

何とも、まどっこしい、話し合いである。
敬語が、二重敬語になり、大変、面倒な文である。