もののあわれについて920

暮れ行くに、まらうどは帰り給はず。姫宮いとむつかしと思す。弁参りて、御せうそこども聞こえ伝へて、うらみ給ふをことわりなるよしを、つぶつぶと聞こゆれば、いらへもし給はず。うち嘆きて、姫宮「いかにもてなすべき身にかは。ひとところおはせましかば、ともかくも、さるべき人にあつかはれ奉りて、すくせといふなる方につけて、身を心ともせぬ世なれば、みな例の事にてこそは、人わらへなるとがをも隠すなれ。ある限りの人は年つもり、さかしげにおのがじしは思ひつつ心をやりて、似つかはしげなる事を聞こえ知らすれど、こははかばかしき事かは。人めかしからぬ心どもにて、ただひとかたに言ふにこそは」と見給へば、引き動かしつばかり聞こえあへるも、いと心憂くうとましくて、動ぜられ給はず。同じ心に何事も語らひ聞こえ給ふ中の宮は、かかる筋には今すこし心もえず、おほどかにて、なにとも聞き入れ給はねば、姫宮「あやしくもありける身かな」と、ただ奥ざまに向きておはすれば、女房「例の色の御ぞども奉りかへよ」など、そそのかし聞こえつつ、皆さる心すべかめるけしきを、あさましく、げに何の障どころかはあらむ。程もなくて、かかる御住まひのかひなき、山なしの花ぞのがれむ方なかりける。




暮れて行くのに、お客、薫は、お帰りにならない。
姫宮は、やっかいなと、思う。弁が参り、ご挨拶を申し伝えて、あちらがお恨みになるのも、最もなことだと思う旨を、くどくどと、申し上げるが、返事はしない。ため息をついて、どのようにすれば、いいのか。片親でもおいでなら、どういう風でも、しかるべき人に、お世話していただき、運命というものによって、身を心に任せないのが、この道ゆえに、皆、よくあることとして、物笑いになる難を隠すもの。ここにいる、女房は、皆年を取り、自分で賢いと、めいめいは思って、いい気になり、お似合いのご縁でと、教えて下さるが、これがきちんとしたことなのか。考えもない人たちが、勝手な事を言うだけなのだ。と、御覧になるので、引き動かすばかりに、寄ってたかって、申すが、とても辛く、嫌な気がして、お心を変えない。
気が合って、何事でも、打ち明ける中の宮は、こういう事には、少し納得もいかず、おっとりして、どういうことかも、解らない様子で、変わった生まれ合わせの身だこと。と、じっと奥の方に向いているので、いつもの、色目の物にお召替えなさいませ。などと、お勧めして、皆、縁ある気でいるらしい様子なのを、呆れて、本当にどんな邪魔があろう。手狭なことで、こんな住まいの仕方なさ、山なしの花は、逃げる場所もないのだった。

山なし
古今集
世の中を うしといひても いづこにか 身をば隠さむ 山なしの花
山梨の花が、かけてある。




まろうどは、各顕証に、これかれにも口入れさせず、しのびやかに、いつありけむ事ともなくもとなしてこそ、と思ひそめ給ひける事なれば、「御心ゆるし給はずは、いつもいつもかくて過ぐさむ」と、思し宣ふを、この老人の、おのがじし語らひて、顕証にささめき、さはいへど、深からぬけに、老いひがめるにや、いとほしくぞ見ゆる。




お客、薫は、こうあからさまに、誰彼にも、口を出させず、目立たぬように、いつ会ったこともなしに、運びたいもの、と、心に決めていらっしゃるので、薫は、お許しされないなら、いつまでも、このままでいよう。と、思い、口にもされる。この老女が、自分たちで相談して、あからさまに、ささやき合い、何といっても、浅はかなもので、老人で、拗けているからか、お気の毒に見える。

顕証とは、あからさまに話し合い、老人は、耳が遠いので、声が大きいという、意である。




姫宮思しわづらひて、弁が参れるに宣ふ。「年ごろも、人に似ぬ御心よせとのみ、宣ひわたりしを聞きおき、今となりては、よろづに残りなく頼みきこえて、あやしきまでうちとけたるを、思ひしにたがふさまなる御心ばへのまじりて、うらみ給ふめるこそわりなけれ。世に人めきてあらまほしき身ならば、かかる御事をも、何かはもて離れても思はまし。されど、昔より思ひ離れそめたる心にて、いと苦しきを、この君の盛り過ぎ給はむもくちをし。げにかかる住まひも、ただこの御ゆかりにところせくのみ覚ゆるを。まことに昔を思ひきこえ給ふ心ざしならば、同じ事に思ひなし給へかし。身をわけたる、心の中は皆ゆづりて、見奉らむここちなすべき。なほかうやうによろしげに聞こえなされよ」と、恥ぢらひたるものから、あるべきさまを宣ひ続くれば、いとあはれと見奉る。




姫宮は、困り切って、弁が参ったのに向かい、仰せられた。
今でも、他に見られないご好意と、父宮が、いつもおっしゃっていたのを、聞いていたし、今となっては、何もかも、すべてお頼り申して、特別な程に、親しくしているのに、考えていたのと違うむきの、お心もおありで、お恨みらしいのは、困ったこと。人並みの結婚をしたい私ならば、こうしたお話しも、どうして、お断りしようなど、思いましょう。でも、昔から、その気のまでない私ゆえ、とても辛いし、中の君が、婚期を逃すのも、残念です。本当に、こんな住まいも、ただ、この君のためには、具合が悪く思う。本当に、亡き父宮を、お慕い下さるお心からだったら、同じ事だと、思っていただきたい。身は二つでも、心の中は、みんな預けて、私もご一緒する気がします。是非、このように、よろしく申し上げて。と、恥じらいつつも、望んでいることを、仰せられるので、何と、あはれなことと、お見上げする。