国を愛して何が悪い191

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたる例なし。世の中にある人と住処と、またかくのごとし。
鴨長明 方丈記

有名な書き出しである。

ただ、古代から、中世にかけては、常套的な発想である。

まき向の 山辺とよみて 行く水の 水泡のごとし 世の人我は
万葉集

世の中は なにか常なる あすか川 きのふのふちぞ 今日は瀬になる
古今集

流れゆく 水に玉なす うたかたの 哀れあだなる この世なりけり
西行

つまり、伝統から見れば、方丈記の冒頭は、当時の人々にとっては、常識であった。

無常観を水の流れに託す、そして、無常感として、感情化したのである。

いかに生きるかという主体の確立のためには、無常観を感情化し、文学的詠嘆に終わらせるだけでは足りないのである。「生死の激しさ」のなかで述べておいたが、無常観は決してそれだけで独立した観念ではない。無常なるものに対して常住真実なるもの(仏の真理)があり、それと邂逅した展開せしめられた結果の、言わば仏によって回向された生を見る明晰の眼、今まで見えなかったものが明らかに見えてくる新しい認識能力と言ってもいいが、それが無常観の「観」である。
亀井

確かに・・・
無常観は、常住真実なる、仏という、存在が対にある。
だから、仏教では、無常を嘆かない。

しかし、どうであろうか・・・
僧たちは、無常をのみ、取り上げて、人生の儚さを言う。
そして、騙すように、仏の救いを言うのである。

世の推移だけではなく、自己の空無を観じ、仏と自己とのあいだの無限の距離の自覚を伴う、したがって「行」の問題であり、そうでないかぎり主体の確立はありえないのである。この点での決断が中世精神の主題である。乱世をいかに生きるかと問うて、長明は追い詰められたように方丈の「生」を構想したわけだが、この時代の人としてみれば、最も重要な点は、方丈記の結末の感想にある。
亀井

この結末は、虚構である。
あまりに、当たり前の感想なのである。

鴨長明は、青年時代から、和歌と、管弦に深く志していた。
また、色好みの世界にも、通じていた。

ところが、こうした数寄者タイプの人間が、世を遁れるというかたちをとったとき、それが同時に求道にも通じるという風潮があった。
亀井

長明以前から、こうした生き方は、あった。
僧、聖という人たちの、厳しい「行」の世界である。

だが、それらに比べると、甚だ曖昧なのである。

隠者とは一体何か。実は定義することの出来ないほど複雑で、同時にあいまいな存在である。自分の属する階級身分から離脱して社会外の存在となり、自由人として様々な人たちと交わり、或いは孤立したまま諸国を流離する場合もある。出家して僧形をとり、そのまま念仏専修に赴く人もある。半僧半俗のかたちで芸術の世界に遊ぶ数寄者もある。存在の形態は流動的で、言わば生の微妙に陰翳に生きる人と言っていいのかもしれない。僧や聖のようにきびしい行の世界を一方におけば、それに近づくことも出来るし、遠ざかることもほしいままな、そういう点ではぐうたらな存在とも言える。
亀井

隠遁思想が、唐から日本に伝来したのは、奈良時代である。
平安貴族にとっては、一種の趣味生活であった。

華美な生活から、一時的に離脱して、自然の簡素に還るという数寄として、生きた。

今流に言えば、金持ちの、貧乏人遊びである。

だが、浄土教の流布と共に、念仏三昧のための、小集団が発生して、隠、という中に、宗教性が強く、加わって来たのである。

ところで長明が父祖伝来の鴨の摂社河合社の禰宜に補されたとき、同族の鴨祐兼は妨害して、彼を非難したと伝えられている。その言葉のなかに「長明が年はたけたりといへども、身を要なきものと思へるにや社の奉公浅し」とあるそうだ。これが長明出家の原因と考えられているが、禰宜になれなかった失意よりも、「身を要なきものと思へるにや」と周囲からみられていたその存在こそ問題であろう。
亀井

亀井は、「すねもの」根性もあったという。

西行の歿したとき、1190年、73歳、法然は、57歳で、専修念仏を唱えていた。長明は、36歳に当たる。
年齢の差はあるが、源平合戦前後の乱世は、見ている。
後に、方丈記に書いてある通りだ。

亀井は、それよりも、長明の青春時代の、歌に注目している。

あればいとふ そむけばしたふ 数ならぬ 身と心との 中ぞゆかしき

何事を うしといふらむ 大かたの 世のならひこそ きかまほしけれ

世は捨てつ 身はなきものに してはてつ 何をうらむる 誰が嘆きぞも

哀とも あだに言ふべき 嘆きかと 思ふか人の しらずがほなる

住みわびぬ いさざは越えむ 死出の山 さてだに親の あとをぬむべく

長明自選歌集

出家前の、歌である。
新古今とは隔絶している、歌の数々である。

孤独感と、要なきものといった感慨は、おそらく青春時代に発酵した一種の狂気であった。
亀井