日々の言い分214

アメリカが「神・仏」で、その力に依存する、真の他力本願の平和だ。だが、これは「平和」ではない。単なる「隷属」である。アメリカへの服従なのだ。

戦いに一度敗けたから、国を護ることを放棄する、しなければならない、という12歳の少年のような発想はどこから浮上してきたのか。マッカーサーの白昼夢からだ。それを、英知として「平和憲法」の中へ書き込んだ。

無防備が最強の武器と夢見たマッカーサーは、やがてそのお伽話のような夢から目を醒ましたが、未だに醒めていないのは日本国民。

浦島太郎でもあるまいに、目が醒めた時、日本国民が直面する現実は、強者生存だけの自然淘汰の世界である。

日本国民は己の歩む道も見出せないまま、己の夢もロマンもなく、世界を牛耳るアメリカの国益の餌食となり、利用され、感謝も尊敬もされず、アメリカの極東の砦として、終焉を迎えるのだろうか。

上記は、西俊夫教授の、書き込みである。

まさに、その通りだと言う。
そして、それを、良いことだと、反日左翼は、喧伝する。

国を守らないことが、良いこと、である。
平和ボケではない。平和馬鹿である。

憲法改正まで、反対して、一体、彼らは、何をしようとしているのか。
日本を守ることが、そんなに嫌なことなのか。
つまり、彼らは、日本人ではない。

在日なのである。
それも、在日帰化人という、化け物である。

それに、翻弄されて、今まで、やってきた、日本。
このままでは、日本が、危うい。
本当に、危ういから、色々な立場の人たちが、立ち上がり始めた。

日本人を目覚めさせるために・・・
日本の精神を、取り戻すために・・・

だが、アメリカの植民地から抜け出るためには、戦争をしなければならないのである。
しかし、戦争など、もう無理である。
敗戦から、日本は、一度も戦争をしていない。
更に、その教育は、平和教育という、歪なものである。

国を愛する心を、失う教育を、良しとしてきた。
平和は、実は、アメリカのお陰なのである。
そして、日本を、それによって、飼い慣らした。

飼いならわされた日本人は、どうなったか・・・
腑抜けになった。

そして、この世界で、唯一の伝統の国を、誇ることが出来ない、日本人を生んだ。

それは、悲劇である。
私は、日本と、日本人に対して、何か、出来ることはないかと、いつも、考えていた。
そして、私が出来ること、戦没者の追悼慰霊を始めた。

ただ、淡々として、やるべきことを、やるしかなかった。

後は、有名な人たちに、その言動で、日本再生の道を説いてもらうこと。

私は、祈りの力を、知っている。
だから、私は、祈る。
ただ、それだけが、私の出来ることと、観念した。

日本のために、死んだ兵士たちは、230万人である。
この人たちは、今の日本を、どう見るのか・・・

命を懸けて、日本のために、斃れた人たち、兵士は、今の日本に何を、見るのか・・・
実に、悲しい思いがする。
さて、私は、ただ、私の出来ることをする。
日本のために。