国を愛して何が悪い196

式子内親王は、後白河天皇の皇女である。
源頼政が挙兵した際に、奉じた以仁王は、兄に当たる。
保元の乱で、配流となった崇徳院は、叔父に当たり、壇ノ浦で入水した、安徳天皇は、甥に当たる。

源平合戦前夜の政治的紛争と、内乱の渦の中に生き、血縁の人々の多くが、悲運に倒れている。
それらの、悲しみを一身に引き受けたのが、式子内親王といえる。

新古今から、彼女の歌を挙げる。

山ふかみ 春ともしらぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉水

窓ちかき 竹の葉すさぶ 風の音に いとどみじかき うたたねの夢

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする

我が恋は 知る人もなし せく床の 涙もらすな つげのを枕

君待つと ね屋へもいらぬ まきの戸に いたくなふけそ 山の端の月

これらの歌は、俊成のいう、幽玄、定家の言う、有心躰、そして、余情妖艶に至るまで、多様に表している。

しかし、定家の曲芸は、ない。

定家が、技巧の限りを尽くして望む詩境が、何気なく、自然に歌われている。

実に、自然体である。

さて、中世に入ると、女房文学は、衰退する。
だが、その光芒が全く途絶えたという訳ではない。

私が、最も影響を受けたのが、建礼門院右京太夫である。
歌集といっても、これは、歌物語である。

彼女は、建礼門院に仕えた。それは、平家の全盛期である。
まもなく、平重盛の次男、資盛の愛人として結ばれた。

その、恋人を失い、生涯を、その追悼に捧げた、歌物語である。

平家物語という大叙事詩の傍に、木の葉のように翻弄されてゆく女房の、草笛にも似た悲しい嘆きの伴奏と言っていいだろう。ただひとすじに亡き愛人への思い出を語り、激変してゆく自分の境遇を訴えているのである。平家の没落を側面から歌ったようなものだ。或いは王朝化した平家とともに、王朝の没落を語ったと言ってもよい。・・・
亀井

「・・・ついに秋のはじめつ方の、夢のうちの夢を聞きし心地、なににかはたとへむ。さすがに心あるかぎり、この哀をいひ思はぬ人はなけれど、いつ見る人々も、わが心の友は誰かはあらむとおぼえしかば、人にも物もいはれず、つくづくと思ひつづけて、胸にもあまれば、仏に向ひ奉りて、泣きくらすより外のことなし。されど、げに命は限りあるのみにあらず、さまかふることだにも、身を思ふやうに心に任せで、一人走り出など、はたえせぬままに、さてもあらるるが、かへすがへす心うくて・・・」

内乱により、愛人と別れて、孤独になった心が、彼女の歌の源泉である。

いづくにて いかなることを 思ひつつ 今宵の月に 袖しぼるらむ

波風の あらわきさわぎに 漂いて さこそはやすき 空なかるらめ

うき上の なほうきはてを 聞かぬさきに この世の外に よしならばなれ

恋人は、壇ノ浦に沈む。

「昔も今も、ただのどかなるかぎりある別れこそあれ、かくうきことは、いつかはありけるとのみ思ふもさることにて、ただとかく、さすが思ひなれにしことのみ忘れがたさ、いかでいかで今は忘れむとのみ思へど、かなはぬも悲しうて・・・」

諦め・・・
この心の、有様である。

ためしなき かかる別れに なほとまる 面影ばかり 身にそふぞうき

いかで今は かひなきことを 嘆かずて 物忘れする 心にもがな

忘れむと 思ひてもまた たちかへり なごりなからむ ことぞ悲しき

歌詠みを、上手になどは、考えていない。
それが、私の最も、感動するところである。

つまり、自分のために、書き続けたのである。

西行、法然、長明、新古今集の作者たちのそれぞれの生き方から、女房文学のこうした推移に至るまで、その背景となっていたのは言うまでもなく源平合戦だ。或いはその思い出である。
同時に、平家を滅ぼした源氏自体もまた陰謀にみちた奇怪な政治的雰囲気のうたに直系が滅んでゆくのを人々は目撃したはずである。
保元物語、平治物語、平家物語、愚管抄、吾妻鑑などの戦記や史書が連続してあらわれる。
女房文学とは全く異質の、和漢混在文をもって書かれた殺伐のなかに悲哀と怒気をこめた独自の世界が展開される。
亀井 現代文と、現代語は、私

矢張り、日本人として、知るべき、日本の精神史である。
私は、何処から来たのか・・・

それは、歴史の彼方から、来たのである。
決して、私は、一人で成るものではない。

これら、多くの先人たちにより、私の精神が出来上がるのである。

その上に、現代の精神がある。
連綿と続く、日本人の精神史である。

そして、それを意識する時、日本人としての、自己同一性を得る。

私は、何処から来たのか・・・
人は、いつか、それを思う。

この精神史の上に、成り立つ、私の精神である。
そして、精神とは、言葉の世界のことである。

言葉が精神であると、知ることで、精神性というものが、語れるのである。

心は、精神とは、また別物である。
それを、精神史は、教える。