性について285

引き続き、MTFの例である。
42歳、高校教師。結婚し、子供が二人である。

教員を続ける中で、
しかし自分自身には、けっして人には言えない、言ってはいけないと思い込んでいた秘密があります。それは「女装をする」ということでした。
その当時の私は、学校では髭を生やし髪の毛を短くパーマをかけた男性教員として振る舞いながら、夜、自宅に帰ると一人で手作りのスカートを身に着けてみたりしていました。
テレビで放映されるニューハーフの人たちを見ながら、「自分もああなりたい」と思っていました。でも、私は教員という仕事に楽しさを感じていたし、それを捨てることはできませんでした。
そして、「自分はおかしい」、「自分は変態なんやないか」と思い、そんな自分を好きになれませんでした。誰にも言わずたった一人で悩んでいて、外の自分と、一人でいるときの自分とを使いわけていたんです。

そして、結婚する。
だが、
そのとき、「これで、絶対女装はするまい」と思いました。でも、無理でした。同じ家の中に女性の洋服が、たくさん吊ってあるのを見ると、やはり我慢ができませんでした。パートナーがいないときなどはこっそり続けていました。

小学生の頃から、女の子への憧れを持ち、女の方が、自分にフィットしているという感覚があった。
ある時、ある本を読んで、同性愛について書かれた本の中に、トランスヴェスタイト(TV)「トランスジェンダー」、「トランスセクシャル」という言葉に出会い、自分のことだと、気づいた。

初めて、トランスジェンダーと自覚するのである。
それが、35歳の時。
だが、すでに結婚し、子供もいる。
妻には、カミングアウト出来なかった。

転機が訪れたのが、一年後。
あるゲイのコミュニティーに参加し、「自分は、TVです」と自己紹介すると、ある人に、「だけど、あんたそれをちゃんと実践しているの」と言われた。その人は、ゲイをカミングアウトしている人。
その時、ちゃんと言わないとと、その夜、パートナーにカミングアウトする。

パートナーは、天地がひっくり返ったような気がしたようです。彼女はそれまで、全く気が付いていなかったのです。でもそのときは、拒絶しちゃいけない、受け入れようと必死だったようです。自分が(女性用)に服を作り直していたこと、今まで隠していたことなどを少しずつ話しました。
すると彼女は、「早く打ち明けてくれたら相談に乗ったのに」と、自分のスカートなどで私に似合いそうなのを、二、三枚持ってきてくれました。その晩、彼女はとても気を使ってくれました。

それから、日常生活で、性別の移行をはじめる。
髭を剃り、髪を伸ばし始めた。
何より、髭の処理で、一本一本と抜くようになる。
見かねたパートナーが、レーザー脱毛を勧めてくれた。

服装は、レディスのタンクトップにパットを入れて、胸を膨らませるようになり、更に、パットを二枚入れるという。

だが、GIDの治療を始めるのは、更に、後になる。

初めて精神科医に会って一時間ぐらい話をしました。私の話を聞いて、最初に医師に言われたことは、「SRSをやるとして、何が障害になるのか」ということでした。その言葉を聞いて、とても気持ちが楽になったことをよく覚えています。・・・

治療は第一段階のまま、三年間停止状態になる。
パートナーとも、一緒に病院に行き、第二段階以降に治療には、反対だと言われる。

妻の言葉は、
せっかく健康な体に生まれたのに、あえてそれを壊すようなことは嫌、というものだった。

その後は、やる、やらないの、繰り返しで、悩む。
そして、ホルモン治療を受けたいとの、言葉で、
私に許しを求めるな、というものだった。

「自分がやりたかったら、やったらええけど、その責任は自分で取りなさい。その結果、たとえば離婚になるかもしれないし、それはわからへん。でも、やりたかったら決定するのはあなたがやりなさい。私にその責任を負わすな」というパートナーの言葉である。

現在も、私はパートナーと子供二人の四人家族で暮らしています。子どもは、私が六年間少しずつ性別を移行するのを見て、それを自然に受け止めてくれています。「父ちゃんは、男でも女でもないんや」と子供は言います。パートナーがきちんと伝えてくれているのだと感謝しています。

上記の方は、それなりに、幸せな方である。
おおよそは、離婚となり、親権を奪われる。

また職場でも、診断書により、受け入れられた。
同僚たち、そして、生徒たちも、受け入れているという。

最後に、この方は、
今まで35年間、誰にも言えず昼間の自分と一人のときの自分を使い分けていましたから、身を切られるような使い分けをするのはもう嫌です。
いつでもフルタイム、自分らしく自分でいたい。他人から「男」とみられるか「女」とみられるか、矢張り気になるけど、それでもずいぶんと気が楽になりました。私の性別は、結局、男でも女でもありません。「いつき」です。それでええやん。

この心境は、一種の悟りである。
人間は、結局のところ、男と女に、区別する必要はない。
私見である。

生きたいように、生きること。
更に、人は、生きられるようにしか、生きられないのである。
だから、性差に苦しむ人もいる。
それを、どう対処して、生きるのかが、問題である。

性同一性障害30人のカミングアウト、という著書から、抜粋して、私なりに、読みやすく、紹介している。

これは、この、性について、という、エッセイを読む人の中に、そのような人がいれば、参考になると、書いている。

人間は、誰一人、同じ人は、いない。
皆、違う。百人百様である。

そこには、差別も何もないはずである。
自分と違うということで、差別する人は、それ自体で、差別を受ける時代なのである。
物事を考える時、時代性と時代精神を無視しては、まともな、考えにはならないのである。

百年前の考え方で、現在を生きられないということ。