もののあわれについて928

暗き程に、と、いそぎ帰り給ふ。道の程も帰るさはいと遥けく思されて、心安くもえ行きかよはざらむ事の、かねていと苦しきを、「よをやへだてむ」と思ひなやみ給ふなめり。




暗いうちにと、急いで、お帰りになる。道のりも、帰りは、とても遠く感じられて、気軽に、行き来できそうにないことが、今から、辛いが、一夜でも、欠かさぬようにと、気にやんでいらした。




まだ人さわがしからぬあしたの程におはしつきぬ。廊に御車よせて下り給ふ。ことやうなる女車のさまして隠ろへ入り給ふに、みな笑ひ給ひて、薫「おろかならぬ宮づかへの御心ざしとなむ思ひ給ふる」と申し給ふ。しるべのをこがましさを、いとねたくて、うれへも聞こえ給はず。




まだ、人の騒がしくない朝のうちに、お着きになった。
廊に車を寄せて、降りられる。異様な女車に見せかけて、隠れて、お入りになるのに、どちらもお笑いになって、薫は、並々ではない、お仕えぶりと存じます。と、申し上げる。案内役は、馬鹿を見たのか、癪なので、恨み言も、申し上げにならない。




宮はいつしかと御文奉り給ふ。
山里には誰も誰もうつつのここちし給はず、思ひみだれ給へり。さまざまに思し構へけるを、色にもいだし給はざりけるよ、と、うとましくつらく、姉宮をば思ひきこえ給ひて、目もあはせ奉り給はず。知らざりしさまをも、さはさはとはえあきらめ給はで、ことわりに心ぐるしく思ひきこえ給ふ。人々も、「いかに侍りしことにか」など、御けしき見奉れど、思しほれたるやうにて、たのもしき人のおはすれば、「あやしきわざかな」と思ひあへり。御文もひきときて見せ奉り給へど、さらに起き上がり給はねば、「いと久しくなりぬ」と、御使わびけり。

匂宮
世の常に 思ひやすらむ 露深き 道のささ原 わけて来つるも

書きなれ給へる墨つきなどの、ことさららえんなるも、大方につけて見給ひしは、をかしく覚えしを、うしろめたく物思はしくて、われさかし人にて聞こえむも、いとつつましければ、まめやかに、あるべきやうを、いみじくせめて、書かせ奉り給ふ。




宮様は、一時も早くと、お手紙を差し上げる。
山里では、現実的な気持ちが解らなく、悩んでいらした。色々と、お計らいになっていたのを、素振りにも、お出しになさらなかったこと、と、嫌な、酷いと、姉宮を思い申し上げなさって、目も合わせない。知らなかった事情も、さばさばと、言い開きも出来ず、無理もないと、労しく思い申し上げている。
女房たちも、どういうことで、ございましょう。など、ご様子をお伺いするが、ぼんやりとされて、頼りとする方が、おいで遊ばすので、変なこと、と一同思っていた。
お手紙も、引き上げて見せてお上げになるが、一向に起き上がらないので、酷く時間がたったと、お使いの者が、辛がっている。

匂宮
ありふれた恋と、思っておいででしょうか。露の一杯の、山道の笹原を踏み分けて、行きました。

書きなれておいでの、墨つきなどが、格別、見事なものも、よその人と御覧になっていた時は、素敵だと思ったが、今は、心配で気苦労で、後見人ぶって、お返事申し上げるのも、きまりが悪いので、心を込めて、なずへくことを、言い聞かせ、お書かせになる。




しをん色の細長一かさねに、三重がさねの袴具して賜ふ。御使苦し気に思ひたれば、包ませて、供なる人になむ贈らせ給ふ。ことごとしき御使にもあらず、例奉れ給ふ上童なり。ことさらに、人にけしきもらさじ、と思しければ、よべのさかしがりし老人のしわざなりけり、と、ものしくなむ聞こしめける。




紫苑色の、細長一襲に、三重襲の袴をつけて、お与えになる。お使いが、迷惑そうにしているので、包ませて、供の者に、贈らせる。
大層なお使いでもなく、いつも差し上げる、殿上童だった。
特に、人に様子を漏らすまいと、思いで、夕べのでしゃばりの老女の、仕業だと、気に入らずに、お聞き遊ばす。

匂宮と、妹の宮が、結ばれた。
その後の、やり取りである。

当時の風習が解らなければ、中々理解出来ない。