もののあわれについて930

三日にあたる夜、餅なむ参る、と、人々の聞こゆれば、ことさらにさるべき祝の事にこそは、と思して、御まへにてせさせ給ふもたどたどしく、かつはおとなになりて掟給ふも、人の見るらむことはばかられて、おもてうち赤めておはするさま、いとをかしげなり。このかみ心にや、のどかにけだかきものから、人のため、あはれになさけなさけしくぞおはしける。




三日目に当たる夜は、餅をお召し上がりになるもの。と、女房たちが申し上げるので、特別にしなければならない、祝い事である。と思い、御前で作らせるが、その上、家事を取り仕切る指図されるのも、人の見る目が気になり、顔を赤くしていらっしゃる。その様子は、とても可憐に見える。長女のいるせいか、おっとりと、上品でいらっしゃるが、人のためには、あはれに、情愛をお持ちである。

結婚三日目には、餅を食べるという、決まりがある。




中納言殿より、「よべ参らむと思給へしかど、宮づかへの労もしるしなげなる世に、思給へ恨みてなむ。こよひは雑役もやと思う給ふれど、とのいどころのはしたなげに侍りしみだりごこち、いとど安からで、やすらはれ侍る」と、みちのくに紙においつぎ書き給ひて、まうけの物ども、こまやかに縫ひなどもぜざりける、色々おし巻きなどしつつ、御衣櫃あまたかけごに入れて、老人のもとに、「人々の料に」とて賜へり。宮の御方にさぶらひけるに従ひて、いと多くもえ取り集め給はざりけるにやあらむ。ただなる絹綾など、下には入れ隠しつつ、御料とおぼしき二領、いときよらにしたるを。ひとへの御ぞの袖に、古代のことなれど、


さよごろも きてなれきとは いはずとも かごとばかりは かけずしもあらじ

と、おどし聞こえ給へり。




中納言殿、薫より、昨夜参ろうとしましたが、忠勤を励んで、何の印もなさそうな、あなた様、恨めしくて。今夜は、雑用係にでもと、存じますが、その寝所が具合悪くございました、気分の悪さで、益々、よろしくなく、ぐずぐすいたしております。と、陸奥紙に丁寧に書いて、今夜使う品々を、きちんと縫うこともなく、色とりどりに巻いて、そのままにして、入れた御衣箱を、沢山かけごに収めて、老女の元に、女房たちに、と言って下さった。
母宮のお手元にお備えのあり合わせで、それほど沢山も、取り揃えなかったのだろう。加工していない、絹、綾などを下に隠して入れ、お召料らしい二揃いが、とてもきれいに、仕立ててある。ひの単衣の、御下着の袖に、古風なしかただが、


小夜衣を着て、慣れ親しんだとは、言わなくても、いいがかりぐらいは、つけなくもありません。

と、脅すように、申し上げる。




こなたかなたゆかしげなき御事を、はづかしくいとど見給ひて、御かへりもいかがは聞こえむ、と思しわづらふほど、御使かたへは逃げかくれにけり。あやしき下人をひかへてぞ、御かへり賜ふ。

姫宮
隔てなき 心ばかりは かよふとも なれし袖とは かけじとぞ思ふ

心あわただしく思ひみだれ給へるなごりに、いとどなほなほしきを、思しけるまま、と、待ち見給ふ人は、ただあはれにぞ思ひなれ給ふ。




二人が、二人ともに、ゆかしさをなくした御身なのを、恥ずかしいと、つくづく御覧になり、お返事も何と申し上げようと、途方にくれているうちに、お使いの何人かは、逃げかえってしまった。卑しい下人を呼び止め、お返事を、お渡しになる。

姫宮
打ち解けた心だけは、通い合いましょうとも、慣れ親しんだ、袖などとは、言わないで欲しいと思います。

落ち着かずに、思案していらしたせいで、一層、つまらないものを、お心の中に、そのままと、待ちかねて、御覧になる人は、ただただ、胸を打たれるのである。

ゆかしげなき御事・・・
男に見られることを、女は、恥とし、男は、女を見たがるのである。

はづかしくいとど見給ひて・・・
薫の文を見て、姉妹とも見られたことを思い、恥ずかしい思いが強いのである。

御使ひかたへは・・・
一部分のこと。数人の下人たち。