4年ぶりのほほ笑み 4 平成30年5月 タイ 文責;コータ

 こんかいの旅の目的のひとつは“覚悟して休むこと”だった。


 福祉関係の仕事をしてきたので休めなかった。一年に一度だけ、まわりの同僚に遠慮をしつつ、3日の休みをとるのが精いっぱい。タイに来れようはずもない。


 仕事をしていては、10日間の休みをとる事など到底無理なので、数ヵ月前から退職の準備を整えた。また、日本にいては結局いろんな雑事にふりまわされる。国外に姿を消すことで、頭も身体も、いちどリセットしたかった。


 もうひとつ、わたしは、とくに福祉業界に、海外人材を受け入れる仕事をしたいと考えている。これまでも60回以上、13の国と地域を巡って来た経験のもと、現在のアジアはどうなっているか、確かめたかった。


 というのはタテマエで、ホンネは、身体がタイを欲していたのであろう。美味しいタイ料理を食べたい、旧い友だちと語らいたい、そして人情味のあるタイの空気にこころゆくまで浸りたい。単純にそれだけ。


 飛行機のハッチを出てすぐ、むっとした暑さに迎えられた。じつに4年ぶりのタイ。4年前にタイを出国する2時間前、ぐうぜん、軍がインラック政権をクーデターで制圧した。その日以来である。


 元来が旅好きのわたしが、よくも4年間がまんしたと思う。わたしはほとんど酒を飲まず、タバコも吸わない。交友関係もごく少ない。その上で休む間もなく働いたので、タイへ10日間ほど旅に出るくらいの貯えもできた。


 わたしはタイ語が通常会話程度なら出来る。読み書きも基本は習った。4年間使っておらず、さびついてはいるけれど、現地の人々と交流できるツールは身に着けている。


 さて、入国審査で、目の前の中国人が無理矢理突破しようとするのを、係員が止め、かなり時間をかけて審査した。中国人夫婦は無事通れたのだが、待っているわたしはけっこうな疲れを感じた。


 ドンムアン空港は、いきなりタイ情緒を感じられると、先に述べた。入管を通ると、あっけないほどにタイである。とりあえず1万円を両替すると、2700バーツ程度にしかならない。4年前は4000バーツほどにはなった。両替窓口の女の人に、日本円ずいぶん安いですね、ときくと、


「ええ、空港のレートだもの」


 にっこりと返された。堂々と言うか、そんな事を…(市内で両替するより170バーツ少ない)。タイに来たなあと腹の底から感じた。


 セブンイレブンで水を買うと若い女の子が満面の笑みで、「どこから来ましたか? タイへようこそ!」と英語でいう。何となくタイ語で返すのが、申し訳ない気がして、サンキューなどと言う。


 海外へ出る場合に、かつては当たり前のように持っていた心構えを、今回はわざわざ、まとめて手帳にメモしてきた。4年間ブランクがあると、つい日本の尺度で全てをとらえがちだから。曰く、


“焦らず、不満をいわず、心ゆるやかに、笑み忘れずに”


 これを、飛行機の中から、ぶつぶつと何度も唱えてきた。タイだけでなく、いろんな国で失敗を重ねて練り上げた、もっとも物事がうまく運ぶ、お呪いみたいなものである。


 当たり前だけれど、海外では自分の思うように事が運ばない。それをいちいち苛立っていると、何より気力が消耗するし、楽しめない。たいていの事は時間が解決するので、不安がよぎったらそのお呪いを唱えようと決めてきた。


 それが、さっそく役に立った。バンコク中心部に宿をとっていたのだけれど、タクシーに乗らなければ行けない。空港のタクシーは、いつ頃からか、登録制となり、旅行者は一列になってカウンターで待たなくてはならない。


 そのカウンターが4つほどしかない。次から次へと、飛行機が到着するので、明らかに利用客をさばききれていない。凄まじい長蛇の列が出来ている。客は、長旅で疲れている上に、入国審査で並ばされ、またかとうんざり気味である。


 わたしも、遅々として進まない列に並び、何度か意識消失しそうになった。暑い。蒸れる。朝5時起きで、いまは夕方15時すぎなので、眠気もピーク。


 苛立ってきそうになると、例のお呪いを唱えた。焦らず、不満をいわず、心ゆるやかに、笑み忘れずに。おぼろな頭で、やっとカウンターに辿りついたとき、お呪いがなければ、カウンターの女性に、苛立ちをぶつけていたかもしれない。お呪い効果で、笑みを絶やさずタイ語で話しかけた。すると女性は、


「遊びに来たの? いいわねえ、わたしはここで毎日仕事、日本って観光名所、たくさんある?」とごく自然に話し出した。


 その会話で、疲れは雲が晴れるように消えていった。カウンター業務は、AOT(Airport Of Thailand=タイ空港公社)という運輸省の出資する会社の管轄らしく、旅行者とタクシー運転手がトラブルにならないよう、管理しているのだ。


 並んでいるときは目に入らなかったけれど、大きな看板があり、“タクシーはメーター料金制です、もしドライバーが規則を守らなければ、わたしたちに告げて下さい”とあった。高額な管理料を徴収される事もなかった(空港税のようなものが50バーツ上乗せにはなるけれど)。


 苛立っていると、そんな当たり前の事にも気がつかない。タクシーで宿までは、何のトラブルもなく、快適だった。



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