4年ぶりのほほ笑み 5 平成30年5月 タイ  文;コータ

 

 その樹にはピーがいるよ、と声をかけられ、思わず振り向いた。


 常宿に辿り着き、4年前行きつけだった屋台麺類屋に夕食を食べにいった帰りのこと。その麺類屋は界隈でいちばん美味しい。4台ほどのテーブルはいつも地元客で埋まっている。ミーキアォナームという、水餃子のせ汁そばが、さっぱりしてうまい。


 ちなみにタイの屋台麺類屋は、細かく好みによってカスタマイズが出来る。麺の種類は4~5種類あり、汁あり、汁なし(油そばみたいになる)が選べ、スープも3種類ほど。組み合わせようで楽しみ方は多彩である。


 すでに夜12時をまわっていて、一睡もしていないわたしは部屋で高いびきをかくつもりだった。宿へ帰る道すがらカラオケ屋が軒を連ねている。今まで一度も足を踏み入れたことはなかった。


 ひときわ大きな樹があり、色とりどりの布が巻かれていて、いろんな捧げ物がしてある。おりしも開花の季節で、白い小ぶりの花を無数につけた枝が垂れており、えもいわれず香りが良い。足をとめて大きく香りを吸い込んでいるところに、声をかけられた。


 ピー(お化け、精霊、妖怪)。わたしは水木しげる先生を尊敬している。水木先生によってわたしの精神の何割かは形成されたといって過言でない。そのためか、精霊や妖怪ときくとざわざわしてくる。


 声をかけてきたのは、カラオケ屋で働く女性だった。本当にピーがいるのか、と真顔できくと、


「いるいる、この花、いい匂いするよね、ビール一杯どう?」


 いつもなら宿に直帰するのだが、ピーの話しにつられ、あれよという間にあばら屋に引き込まれた。女性はミャンマー領内から来たタイヤイ族で、6年ほどその店で働いているという。推定30才。


「今日はお客さん少なくってさ、ビール一本だけでもいいから」


 6年前というと、わたしがタイ語学校に通っていた頃。カラオケ屋であるあばら屋は、中がどうなっているのか全く知らなかった。昼間見ると、リヤカーの残骸だの、先ほどの大樹だのと同化していて、ニワトリの棲み家になっている。外目はなかなか迫力のある荒れっぷりだ。


 なかは真っ暗で、人の形がうすぼんやりと見える程度。よく見ると玉子1ダースのパッケージがびっしりと天井や壁に貼ってあり、防音をいちおうしてある。6年前、このカラオケ屋の大音量が部屋に響いてきて、眠れないほどだった。


 タイヤイ女性はメーさんという。タイ語とタイヤイ語はとても近く、メーさんの田舎では、近くに住むミャンマー人との方が、会話が通じにくかった。中国人も多く住んでいる。多民族が入り乱れているので、タイヤイ族の中でしか会話が出来ない。


 そうした理由から、ミャンマー国籍なのに、タイで働いた方が楽という、複雑な状況が生じている。タイヤイの人々は、マレー系と混血が進んだタイ人より、中国南部から移動して来たままの風貌を残していて、その分日本人とも見た目は近い印象を受ける。


 古いタイ文化をより残している、といえるのかもしれない。例えばタイ人が肩などにお守りとして入墨をするとき、タイヤイ語=シャン語を入れたりする。タイヤイ族=シャン族は独自の占いの技法を持っていて、いつかその体系を知りたいと密かに願ってもいる。


 それはさておき、メーさんは明るい、はじけた性格の人で、ビールを一本空ける頃には打ち解けていた。翌日は休みなので近くの市場に行く約束をし、店を出た。アルコールを飲む気はなかったけれど、うまいところ神経を鎮めるスイッチになったようで、ベッドに深々突っ伏して眠り込んだ。つぎに気がついたのは、日が落ちかける頃だった。