神仏は妄想である532

いまブッダの涅槃の問題にふれて、ブッダの最後の遺言を弟子や信者たちが裏切ったということをのべた。しかしよく考えてみると、ブッダの教えを仏教徒が裏切ったということは、たんにはるか昔のことではなかった。見方によっては仏教の歴史そのものが、ブッダの思想を裏切る歴史であったともいえないこともないからである。そういう意味では仏教における裏切りという問題は、ブッダ時代のことだけではなく、まさに現下の問題でもあるといわなければならない。

仏教とは何か 山折哲雄著


下、引用は、すべて上記から取る。

 

この涅槃についは、後々で、追求する。

 

いま、日本の仏教にたいする世間の批判がかしましい。仏教徒の生き方にたいする嘲笑的言説が、いくえにも交錯して飛び交っている。ほとんど罵詈讒謗に近いのがある。中傷と非難をこねあわせて正義の旗をふりかざすものもいる。

山折

 

この書籍は、1993年5月の発行である。

今から、25年前ということになる。

 

それから、もう、仏教に対する批判などは、終わっている。

要するに、無視している。

 

つまり、仏教は、大半が死んだのである。

先祖代々の檀家の系列が、何となく、檀家を続けている程度である。

 

地方の墓地など見ても、放置され、終いに、皆々、無縁仏として、合祀されるようになった。

益々、仏教は、遠くに行く。

 

仏教は、もはや現代の困難な諸問題に有効な指針を与えることができなくなっているのではないか、それらの問題にたいして仏教徒はきちんと応答することができなくなっているのではないか。仏教徒に非難と中傷が浴びせかけられるのも、ほんとうの原因はそこにあるのではないか、と。

山折

 

全く、その通りである。

役立たずなのである。

 

ところが、どうしたことか、僧侶たち、特に、若い僧侶たちは、何とか、それを打破しようとして、新しい取り組みを始める。

マスコミなどに、紹介されるが、それでも、魅力がないのである。

 

更に、仏教の新興宗教により、既存の仏教は、瀕死の状態である。

勿論、新興宗教も、何の役にも立たないのであるが・・・

 

信者を増やすと、金が集まる。

その金で、また、信者獲得のために、何事かをする。

その、繰り返しである。

 

その教義は、まさしく、妄想以外の何物でもないという。

 

周知のように、地球の汚染が確実に進行している。民族同士の争いが絶えない。それに宗教のエゴイズムが重なって、しばしば収拾のつかない紛争と葛藤がひきおこされている。

文明が発達し、人間の欲望がかぎりなく開発され、その行方はとどまることを知らないかのごとくである。「北」の国々における科学技術の発展に対して、「南」の国々の貧困と人口の爆発はどうだ。難民が発生し、テロが日常茶飯事のように頻発している。

いま地球上に発生しているそのような困難に、仏器用はいったい何をさしだすことができるのか。どのような処方箋を書くことができるのか。

山折

 

日本仏教界は、全く、無関心である。

福祉活動も、儲けるから、やる。

 

社会的活動を主にするのは、キリスト教系が多い。

 

宗派の宣伝ならば、やるのである。

そうして、寺院では、あれをやったと、大声で言う。

呆れるばかりである。

 

衰退する仏教の状態に、悩んだ若い僧侶たちがすることと、言えば、イケメン僧侶の、各宗派の僧侶姿の、ステージであるから、呆れる。

 

人が来ない寺に、音楽家を呼んで、人を一時的に集めるのが、関の山である。

つまり、考えていないのである。

 

最も、宗派の教義も、うろ覚えである。

 

全く、だらしがない、仏教の、僧侶、愛好家たちである。

 

上座部仏教を、蔑視して、小乗と言った大乗も、今は、上座部と同じく、既得権益の上に胡坐をかき、のうのうとしている。

 

仏陀滅後から、仏教教徒は、仏陀の教えを裏切った・・・

では、それらが、今、仏法と言っている物は、何か・・・

 

仏法外の思想である。

更には、開祖の教えまで、裏切る宗派である。

 

法然、親鸞は、既存の伽藍仏教を否定した。

更に、先祖供養も言わなかった。

 

今は、一列同じ穴のムジナである。

 

道元、日蓮は、死者の戒名など、つけなかった。

 

料亭で、僧侶が集い、宴会をする時代が続いて、もう何百年になるのか。

 

一般の人々より、罪深い行為も、平気である。

どこに、仏法の救いがあるのか・・・

 

更に驚くべきことは、死後の世界も、知らない。信じないと言う。

つまり、仏法など、何もないのである。

 

仏陀は、行為によって、成るべき者に成る、と言った。

とすると、日本仏教の僧侶は、皆々、詐欺師ということである。

 

霊学から、言う。

霊界には、極楽など、存在しない。

仏国土など、在りはしない。

 

浄土三部経のような、世界は、霊界には、無い。

あれは、皆、嘘である。

 

まず私は、僧侶の宗派の教えと、そして、何をしているのかを、問いただしたい。

勿論、彼らは、私には、敵わない。

私は、仏教を学んでいる。

死ぬまでの、暇つぶしにである。

その程度が、仏教というものである。