もののあわれについて932

かしこには、中納言殿のことごとしげに言ひなし給へりつるを、夜ふくるまでおはしまさで、御文のあるを、「さればよ」と、胸つぶれておはするに、夜中近くなりて、あらましき風のきほひに、いともなまめかしくきよらにて、にほひおはしたるも、いかがおろかにおぼえ給はむ。正身もいささかうちなびきて、思ひ知り給ふ事あるべし。いみじくをかしげに盛りと見えて、引きつくろひ給へるさまは、ましてたぐひあらじはや、と覚ゆ。さばかりよき人を多く見給ふ御目にだに、けしうはあらず、と、かたちよりはじめて、多く近まさりしたり、と思さるれば、山里の老人どもは、まして口つきにくげにうち笑みつつ、「かくあたらしき御ありさまを、なのめなるきはの人の見奉り給はましかば、いかにくちをしからまし。思ふやうなる御すくせ」と聞こえつつ、姫宮の御心を、あやしくひがひがしくもてなし給ふを、もどき口ひそみ聞こゆ。





あちらでは、中納言殿、薫が、それらしい言い振りをされたのに、夜が更けるまで、お越しなく、お手紙が来たので、矢張りと、気を落としていらっしゃるのに、夜中近くになり、吹き荒れる風を犯して、何とも優雅で、綺麗で、匂い満ちて、お越しになった。どうして、おろそかに、思われるだろう。

ご本人も、少しはう打ち解けて、お分かりになったこともあるはず。大層、艶やかで、今が盛りと見えて、着飾っていらっしゃる様子は、まして、他にあるものかと、思われる。

あれほど、美人を沢山見ていらっしゃる、お目にさえ、悪くはないと、お顔をはじめとして、見れば見る程にいい。と、思いなさるほどだから、山里の、ばあさん連中は、一層の事で、口元を、小憎らしくにこにこしながら、こんなに勿体ないお美しさを、取るに足りない身分の男と、ご一緒におなりなら、どんなに残念だったことか。思い通りのご運勢。と申し上げつつ、姫宮のお心を、妙に、ひねくれて、お考えなさることだと、口をとがらせて、悪口を申し上げる。


人の見奉り・・・

つまり、世話をする。面倒を見ると言う、意味。

人、とは、男の意味。





さかり過ぎたるさまどもに、あざやかなる花のいろいろ、似つかはしからぬをさし縫いつつ、ありつかず取りつくろいたる姿どもの、罪ゆるされたるもなきを見渡され給ひて、姫宮、「われもやうやうさかり過ぎぬる身ぞかし。鏡を見れば、やせやせになりもてゆく。おのがじしは、この人どもも、われあしとやは思へる。うしろでは知らず顔に、ひたひがみをひきかけつつ、色どりたる顔づくりをよくして、うちふるまふめり。わが身にては、まだいとあれが程にはあらず、目も鼻もなほしと覚ゆるは、心のなしにやあらむ」と、うしろめたく、見出して臥し給へり。はづかしげならむ人に見えむことは、いよいよかたはらいたく、「今一年二年あらば、おとろへまさりなむ。はかなげなる身のありさまを」と、御手つきの細やかに弱く、あはれなるをさし出でても、世の中を思ひつづけ給ふ。





盛りの過ぎた一同が、派手で、綺麗な色どりの、似あいもしないものを仕立てて、身にもつかず、めかしている女房たちの姿の、見られたものもいないのを、見渡し、姫宮は、私も、そろそろ、盛りを過ぎた身なのだ。鏡を見れば、だんだん、痩せてゆく。銘々、この女房たちも、自分を醜いと思うのが、いるだろうか。後ろ姿は、知らないで、額髪を引き繕い、顔におしろいを、べたべたと塗り、しなを作っている。私は、自分では、まだ、あれほどではない。目も鼻も、普通だと思うのは、自惚れかもしれない。と、不安で、庭に目を向けて、横になった。

気後れするほど、あの方にお会いすることは、益々、みっともなくなり、もう一年か、二年すれば、もっと駄目になるだろう。頼りない私の体なのだ。と、腕のほっそりと、弱々しく、痛々しさを出してみても、あの方とのことを、思い続けるのである。





宮は、ありがたかりつる御いとまの程を思しめぐらすに、なほ心安かるまじき事にこそは、と、胸ふたがりて覚え給ひけり。大宮の聞こえ給ひしさまなど語りきこえ給ひて、匂宮「思ひながらとだえあらむを、いかなるにか、と思すな。夢にてもおろかならむに、かくまでも参りまじきを。心の程やいかがと疑ひて、思ひみだれ給はむが心ぐるしさに、身を捨ててなむ。常にかくはえ惑ひありかじ。さるべきさまにて近く渡し奉らむ」と、いと深く聞こえ給へど、絶えまあるべく思さるらむは、おとに聞きし御心の程しるべきにや、と、心おかれて、わが御ありさまから、さまざま物嘆かしくてなむありける。





宮は、作りにくかった、時間のことを考えると、矢張り、気楽に、運びそうもないと、胸が詰まる思いがした。大宮が、申し上げたことなどと、お話しされて、匂宮は、気にかけながら、来られない日もあるだろうが、どうしたことかと、思いになる。かりにも、不熱心だったら、こうまでして、来ないのです。心の中を、どうかと、疑い、お悩みになるだろうと、気の毒で、覚悟して来たのだ。いつも、このように、抜け出せない。適当にして、近くに、お移し申そうと、真心こめて、申し上げになるが、

来ない日があるように思うのは、評判に聞いた、浮気な心が、もう出たのかと、気にかかり、ご自分の身の上が、身の上ゆえに、あれこれと、悲しくしているのである。


後半の心境は、中の宮のこと。