もののあわれについて934

道すがら、心苦しかりつる御けしきを思しいでつつ、立ちも帰りなまほしく、さまあしきまで思せど、世の聞こえをしのびて、帰らせ給ふほどに、えたやすくも紛れさせ給はず。御文は明るく日ごとに、あまたかへりつつ奉らせ給ふ。おろかにはあらぬにや、と思ひながら、おぼつかなき日数のつもるを、いと心づくしに見じと思ひしものを、身にまさりて心ぐるしくもあるなか、と、姫宮は思し嘆かるれど、いとどこの君の思ひしづみ給はむにより、つれなくもてなして、みづからだになほかかること思ひ加へじ、と、いよいよ深く思す。





帰る道々、可哀そうなご様子を思い出しつつ、引き返す気持ちも起きる。醜いほどに、恋しく思うのだが、世間の聞こえを憚り、お帰り遊ばすと、後は、簡単に紛れ出ることも出来ない。

お手紙は、毎日毎日、幾度も差し上げて、いい加減な思いではないと、思いつつも、お越しの無い日が重なると、心配することはしまいと思っていたが、自分のこと以上に、心苦しいことだと、姫宮は嘆く。だが、益々、この君が、ふさいでしまうと、何でもないふりをして、自分だけでも、こんなことでは、歎きを重ねまいと、一層強く、思うのである。





中納言の君も、「待ち遠にぞ思すらむかし」と思ひやりて、わがあやまちにいとほしくて、宮を聞こえおどろかしつつ、絶えず御けしきを見給ふに、いといたく思ほし入れたるさまなれば、さりとも、と、うしろやすかりけり。





中納言の君、薫も、待ち遠しく思いだろうと、考えになり、自分の責任ゆえ、気の毒で、宮様にご注意申し上げて、絶えず、ご様子を探られると、本当に、すっかり打ち込んでいらっしゃる様子なので、あのようではあるがと、安心するのである。





九月十日の程なれば、野山のけしきも思ひやらるるに、しぐれめきてかきくらし、空の村雲おそろしげなる夕暮、宮いとど静心なくながめ給ひて、きかせむ、と、御心ひとつを出で立ちかね給ふ折おしはかりて参り給へり。薫「ふるの山里いかならむ」と、おどろかし聞こえ給ふ。いとうれし、と思して、もろともにいざなひ給へば、例の、ひとつ御車にておはす。





九月十日の頃なので、野山の景色も思われてならないうえに、時雨模様で、暗くなり、空の村雲が、怖い感じの夕方に、宮は、益々心落ち着かず、思いに沈み、どうしようかと、お心一つでは、お出かけを決めかねているのを察して、参上された。薫は、雨降りの山里は、どのようでしょう。と、申し上げて、御覧になる。宮は、嬉しいと思い、ご一緒にとお誘いになったので、いつものように、同じ車でお出でになる。





分け入り給ふままにぞ、まいてながめ給ふらむ心のうち、いとどおしはかられ給ふ。道のほども、ただこの事の心ぐるしきを、語らひ聞こえ給ふ。たそがれどきのいみじく心細げなるに、雨はひややかにうちそそぎて、秋はつるけしきのすごきに、うちしめり濡れ給へるにほひどもは、世のものに似ずえんにて、うちつれ給へるを、山がつどもは、いかが心まどひもせざらむ。





分け入りになさるにつれて、ご自分たち以上に、物思いに耽るであろう、胸の内が、一層、察せられる。行く途中も、ただただ、このことのいたわしさを、お話し合いになる。黄昏時で、酷く心細い様子であるのに、雨が冷たく降りかかり、秋が去る気色が凄い中、濡れて、打ち湿ったお二人の匂いは、この世のものではなく、香ばしく、お揃いでいらっしゃるのを、山里の者どもは、どうして、うろたえずにいられようか。





女ばら、日ごろうちつぶやきつるなごりなく笑みさかえつつ、おましひきつくろひなどす。京に、さるべき所々に、行き散りたるむすめども、姪だつ人二三人たづねよせて、参らせたり。年ごろあなづり聞こえける心あさき人人、めづらかなるまろうどと思ひおどろきたり。





女房たちは、日頃、ぶつぶつ言っていたのも、けろりとして、にこにこしながら、お席を整えたりする。京の、しかるべき家々に散り散りに行っていた娘たち、姪のような者を、二、三人呼び寄せて、仕えさせた。この長年見くびっていた考えのない者たちは、素晴らしいお客様と、目を見張っていた。





姫宮も、をりうれしく思ひきこえ給ふに、さかしら人の添ひ給へるぞ、はづかしくもありぬべく、なまわづらはしく思へど、心ばえののどかにもの深くものし給ふを、げに人はかくはおはせざりけり、と、見合はせ給ふに、「ありがたし」と思ひ知らる。





姫宮も、丁度、折よく嬉しいことと、思いになるが、おせっかいな、薫が付いているので、恥ずかしいことでもあり、何やら、やっかいに思うが、人柄がおっとりとして、考え深くしていらっしゃるのを、本当に、匂宮は、こうまでは、いらっしゃらなかったと、見比べるにつけ、めったにない方と、解るのである。