日々の言い分280

私が、テラの会を立ち上げて、15カ国を周り、今年で、12年目になった。


多くは、旅日記に書いたが・・・

書けないものも、あった。


最初は、戦没者の追悼慰霊である。

そして、準じて、支援活動となる。


衣類と、学習用具である。

子供たちが、対象だったが・・・

いつしか、大人物も、扱うようになる。


更に、現地調達での、食糧支援である。


この、支援活動は、私の個人的な行為であるから、大それたことは、出来ない。

出来ることしか、出来ない。

そして、これは、私の道楽である。


決して、誤ってはならないことは、支援活動が、奉仕活動ではないということだ。


私の、道楽である。

好きだから、やっているのである。


善いことをすると言う、意識はない。

逆に、貧しい私が、そんなことをするのは、傲慢であると、考えている。


だが、現地に行くと、やらざるを得ない、気持ちになるのである。


衣類は、重たい。

日本から、持ってゆくのであるから、実に負担がかかる。

体に、特に負担である。

でも、好きだから、やる。


東南アジアを主にして、南太平洋の島国である。

実に、貧しい人々がいる。


その中でも、子供たちは、現実に立ち向かって生きる。

中でも私は、孤児施設や、ストリートチルドレンに支援をした。


それも、追いかけて、である。

私が探して、行く。


色々な国や、それぞれの地域の、子供たちに出会った。

と、書けば、聞こえがいいが・・・


実際、子供たちほど、危険な存在はない。

彼らは、食うためには、何でもする。


そして、子供というのは、こちの心を見透かす。

最初は、戸惑いがあったが・・・

そのうちに、最初に彼らに逢う時、明確にすることがある。


つまり、私は、君達の、仲間である。君達に、何かをする人間であるということ。

一番良いのは、一緒に食事をすること。


すると、彼らは、心を開く。

そして、大半がグループでいるから、情報が、他のグループにも広がる。


次から次と、終わらない関係、支援になる。


フィリピンでは、色々なところで、皆さんから、大人たちから、そんなことは、止めた方がいいと言われた。

キリがないと。


私が食べ物を与えると、どこからか、子供たちが集まって来る。

それが、延々と続く。

だから、キリがないと、言われる。


東南アジアには、何処の国にも、ストリートチルドレンがいる。


全く、その姿が見えないと、思っていると・・・

突然、夕方から、溢れてくる場所もある。


親がいても、ストリートに出る子供たちもいる。

更に、親に言われて、物乞いする、子供たちもいる。


私は、基本的に、お金は、渡さない。

食べ物を、渡す。


さて、もっと、話を、深くすると、それぞれの、国の政策の問題になる。

貧しい国は、搾取と、賄賂の世界が広がる。


国際的な支援などが、難なく、裏に回されて、現地の人たちに届かない国もある。


そんなことを、挙げたら、キリがないほど、話はある。


国際的支援により、富を増す者もいるのである。


だから、大きな団体を信用しない。

とは、私の言い分である。

支援活動は、私がするから、信用出来ると、結論付けた。


勿論、国際的な支援活動も、必要である。

日本の支援などは、明確である。


日本の物資は、他の国と違い、有名であり、世界的に信用される物が多数ある。だから、横流しが出来ない。


軍事政権下の、ミャンマーでは、サイクロンの被害の際に、国際的支援があったが・・・

全く、人々に行き渡らない。

それは、政治家が、横領して、街中で売られていた。

更に、私が支援活動をするのに、政府の許可がいると言われて、大変な目に遭った。


被害に遭った人たちを、食い物にする人たちもいる。

バスで、被害地域を回り、寄付を募る。

しかし、それが、商売だったという・・・


確実なことは、私が実際に、手から、手へ渡すこと以外になかった。


こんな、小さな、個人的な行為でも、とても、大変なこともある。


今、私の情報は、何処に、どんな支援が必要かということが、解る。

私の情報である。


そして、何処で、追悼慰霊をするかということも、である。

また、機会のある時に、書き書付ける。