神仏は妄想である536

アーナンダの徒よ、いまからでも遅くはない。「仏教の社会的役割」という呪縛から自由になれ。そのことをしおして、老いて病んで死んでいく人間にむかい、その過程をどう生きるかについて「無用者」のモデルを提供せよ。

山折哲雄


日本仏教界という、愛好者たち、僧侶たちにあてた、山折氏の、メッセージである。


だが、そんなことをせずとも、もう、ニートと呼ばれる人たちの中から、無用者の生き方が、語られている。

僧侶などの、出番はない。


私は言う。

修行するというなら、第一次産業に関わることである。


種を撒く、刈り取る、魚を捕る、物を作る・・・

それが、実に良い修行になるはず。


何も、寒中に無理して、水を浴びずともよい。


漁師たちは、寒中でも、魚を捕りに海に出る。


あるいは、お金があるなら、戦没者、震災の犠牲者の、追悼慰霊を行うことである。


皆が、忘れた、犠牲者たちの、それこそ、好きな供養をするべきである。すると、少しは、社会から、尊敬を受けるだろう。

その程度である。


ちなみに、宗派の中では、禅が、最も、受け入れられやすいはずだ。

それは、言葉の世界が、確定してあるからである。

だが、それならば、私は言う。

日本の禅は、老荘思想である。


老荘思想を学ぶべきであると。


要するに、妄想の仏を、掲げるのではない。

仏は、もう、その存在が、妄想だと、知れ渡っている。

勿論、それも、自業自得なのであるが・・・


それに、日本では、死んだ人を、ホトケとすでに、呼んでいる。


さて、話をまた、外れて、宗教の本質というものを、書く。

生長の家という、新興宗教がある。

その総裁は、大本教という、これまた、妄想の新興宗教から出た者である。

ちなみに、天理教などは、大本を邪教と名指しする。


勿論、両者共に、邪教である。

二人のばあさんの、妄想全開の宗教である。


さて、その著書に、大般涅槃経解釈がある。

そこに、驚くべきことを書いている。


「涅槃経」も終わりに近づいた「迦葉菩薩品二十四の一」に「一切衆生ことごとく仏性あり」の前説に反して、仏性を備へざる一闡提という部類に属する人間があると釈尊は説かれて、「全人類悉く神の子である」と説く、生長の家の教説と真っ向から対立背反する部分があったので、その扱いに困って執筆に躊躇しているうちに・・・

谷口雅春 現代語は、私


そして、どうしたのかといえば、削除したと書いている。

都合が悪いところは、削除する。

生長の家の、教説と違うことは、削除するのである。


つまり、これは、最澄にも言えるが、人間皆、仏性があると、言った。

嘘である。


あの、天竺に旅して、膨大な経典を持ち帰り、漢訳した、三蔵法師玄奘は、明確に、仏になれないものも、いると、判定した。

それを、無性と言う。


詳しいことは、省略するが・・・

兎に角、仏にならない、成仏の出来ない人間もいると、判定したのである。


玄奘は、天竺にて、最高学府で、最高の知恵者になった、一人である。


更に、この涅槃経というものも、大乗仏典の一つで、法華経より後に書かれた、創作の経典である。


だから、法華経に準じて、似たようなことを言う。

この経典を広める事、奉じて、信仰することなど・・・


経典を書き写し、読経するべきこと。

そして、仏陀の最後で最高の教えと言う。


まさに、呆れる。


また、この経典奉じて、新興宗教を起こした、真如苑という、団体がある。実に、おぞましい、宗教の本部であったことを、忘れない。


その教団は、仏教の教義など、皆無である。

ただ、死んだ家族、その子どもたちを、拝ませるのである。

千年修行したという、天の狐を祀る。

天の狐、テンコというらしいが・・・


明らかに、金儲けの宗教である。


そして、生長の家の総裁が、創価学会を猛攻撃している。

その涅槃経解釈の中で、


すなわち世の中の宗教には邪教も混じってはいるであろうが、すべての宗教が邪教ではない。正しい宗教もある。それなのに、その正しい宗教をもひっくるめて「日蓮正宗」以外は皆邪教だと説く創価学会の会員などは、この「法を非法と説く」人たちで、この涅槃経の所説によれば、三悪道即ち地獄・餓鬼・畜生の三道に堕ちるのであります。

谷口 現代語は、私


創価学会は、「文証」といって経文にある証拠を尊重するのですが、ここに他教すべてを邪教だと強いて、人の菩提心を殺す創価学会の会員が三悪道に堕ちるにちがいない経文上の証拠があるのであります。創価学会は、法華経を拠り所にしている日蓮の遺文を根拠としているのですが、涅槃経は法華経よりも後に、釈尊臨終の時にお説きになった教えであって、今までの教えの足らざるを補足して、方便の教えを真実の教えに置き換えられた総結の御経でありますから、釈尊の教えの最後のギリギリの結着があらわれているのであります。

谷口 現代語は私


と、いうことで・・・

その創価学会は、日蓮正宗から破門されて、逆切れして、自ら、法華経と日蓮の、後継者であると、宣言する、有様である。


つまり、宗教というものは、何とでも、言う、言えるのである。

そんな、妄想に付き合う暇はない。