日々の言い分286

日本の町、特に都会といわれる地域には、ゴミ箱が少なくなった。というより、公共施設には、ゴミ箱は無い。


何故か・・・

テロ対策と言われる。


それで、日本人は、民度が高いから、納得している様子である。


私も、時々、横浜市のホールを利用するが・・・

どこにも、ゴミ箱が無い。


ゴミは、持ち帰る事と、決まったようである。


それは、それでいいが・・・

問題がある。


それは、外国人の観光客である。


さて、彼らは、どうするのか・・・

どこかに、捨てる。

例えば、公衆トイレとか、公衆の場である。


街中を自転車で廻る私は、時々、ゴミが捨てられてあるのを、見る。

とても、違和感を覚える。


こんな日本人がいるのか・・・

いやいや、私の住まいの近くには、中国人から、韓国人、ネパール人から、ベトナム人と、多々、外国人が住む。


彼らは、ゴミ取集の日も、守らなかった。

しかし、この頃は、ゴミ収集日以外の日に、ゴミが出なくなった。

それは、それぞれの、ビル、マンションの管理人たちの、努力のたまものである。


管理人たちは、ゴミ収集日が、守られるように、徹底した、方法をとったのである。

それは、監視カメラである。


管理人たちは、監視カメラを毎日見て、違反する人を特定して、注意するようになった。


それは、私のマンションの管理人に聞いた。


凄いことである。

一人から、一人へと、続くと、大勢になる。


日本人の、マナーの良さである。


更に、面白いことに、外国語学校、つまり、外国人に日本語を教える学校の生徒たちに、街中のゴミを拾わせるという、方法で、ゴミを捨てるのは、ダメということを、教えている。


勿論、すべての人が、守るというわけではないが、実に、良い方法である。


さて、問題は、これからである。

益々、外国人が、日本に観光にやって来る。

その際に、日本のゴミの取扱いに対して、どのように、教え、伝えるのかである。


私は、入国の際に、日本のゴミの扱い方についての、紙を渡すことだと、考える。


要するに、ゴミは、ホテルに持ち帰ること。


シンガポールでは、街中にゴミを捨てると、罰金が取られるという。

日本も、その程度の、真剣さがあっても、いい。


ゴミをそのままにする、場所は、犯罪の巣になるという、報告がある。

もう一つは、落書きの場所も、である。


つまり、街中を清潔にしていると、犯罪が減るということだ。


人の心・・・

その人の心は、目の前の風景に表れる。


心とは、そのようなものである。

つまり、目の前の風景が、心なのである。


心は、目に見えないが、心のあり方が、目の前に見えるものなのである。


ゴミの問題は、心の問題となる。


実に良い、道徳教育である。


馬鹿者が、道徳教育を云々と、批判するが・・・勿論、日教組の馬鹿教師たちてあるが・・・


道徳とは、道の教育であり、道とは、生き方のことである。

その、基本を教えることが、道徳である。


更に、日本の場合は、和という精神が、その根底にある。

和を保つことで、道徳が、花開く。


それは、心の姿勢である。


ゴミを捨てないという、生き方、つまり、道徳を教える。

そして、それが、心の教育になる。


こころとは、吐く息、吸う息にある。

本来は、心の教育とは、その息遣いの教育だった。


そして、それは、手の所作を言う。

手とは、大和言葉では、たなごころ、という。


つまり、手に心があるという、日本の教育の原点である。


手の所作を見れば、こころのあり方が解るのである。

だから、武道、芸道と、皆、まず、所作、礼儀作法を教える。

それから、技を教えるのである。


ゴミ問題から、こころの教育にまで、話が行く。

すてべの、問題は、心の問題になるのである。