死ぬ義務9

「ひとつの情念がいまも私をとらえる。それは寂寥である。孤独ではない。やがては思想化されることを避けられない孤独ではなく、実は思想そのもののひとつのやすらぎであるような寂寥である。私自身の失語状態(いわゆる神経医学的なものではなく、収容所内の孤独の沈黙を指す)が進行の限界に達したとき、私ははじめてこの荒涼とした寂寥に行きあたった。衰弱と荒廃の果てに、ある種の奇妙な安堵がおとずれることを、私ははじめて経験した。その時の私はすでに、持続すべきどのような意志もなかった。一日が一日であることのほか、私は何も望まなかった。一時間の労働ののち十分だけ与えられる休憩のあいだ、ほとんど身うごきせず、河のほとりにうずくまるのが私の習慣となった。そしてそのようなとき私は、あるゆるやかなものの流れに全身を浸しているような自分を感じた。」


これは、強制収容所に入った人のものだけの、心境だろうか・・・

違う。

人々は、皆、このような状態の内にある。


一部の人を除いて、皆々、上記のような状態にあると、私は言う。


ただ、それを、意識化しないだけである。

あるいは、アホで気づかぬのである。


人生が、死に向かう、牢獄と気づかない人たちの、多さに、私は愕然とする。


霜山氏が、書く。

これは極限状況においては、孤独がまたアパシーと共存し、結合し得ることを示している。これはフランクルやコーエンなどの報告にも数多く見られることで、ここではあまりに惨めな孤独に耐え難いゆえにこそ精神の死としてのアパシーをもってこれに対抗し、これを覆う無意識的な必要があるのであろう。しかし、このことの機制のミニアチュアは、現代の神経症的人間の内にもあるのではないだろうか。

どちらにしても極限状況下の孤独とは、それ自身は特殊なものであっても、その許しがたい不幸な政治的実験の内に、人間性の極限的な昭翳に関して深い洞察を与えるのである。


そこにいなければ、その深い洞察を得られないのが、人間なのか・・・

体験せずとも、経験によって、それを追憶することは、出来る。


そして、追憶することによって、死に向かう、準備が出来るはずだ。


更に、積極的に、死に対する、深い思いを持つこが出来る。

勿論、それを私は、強制する気はない。


それを、強制するとなると、宗教のように、堕落する。


私は、ただ提示するのみ。


このエッセイは、死ぬ義務、である。

何故、死を義務と言うのか・・・


それは、長寿社会になり、高齢化が進み、云々ということではない。

最終的に私は、安楽死と、尊厳死について書きたい。


平均寿命が延びたという、報告があるが、あれは、嘘である。

ほぼ、管になって、生きる人が、その寿命の底上げをしている。


それを思えば、平均寿命などは、そんなに変わるのではない。

勿論、暑さ、寒さ対策があり、食生活が豊富で、少しばかりは、寿命が延びたのだろうが・・・


十年早く死のうが、遅く死のうが、何の問題があろうか。

死ぬ時節には、死ぬべきであると、良寛が言ったが、名文句である。


また、西行も、その死期について、

願わくば 花のもとにて 春死なん その如月の 望月の頃

と歌詠みをして、その通りに、死んだ。


中世、日本では、そのように、死ぬ人たちがいた。

つまり、それは、伝統ともいえる。


その死に様は、自死である。

自殺・・・

しかし、単なる自殺ではない。


死を悟った、自死である。

生きることが、尊いならば、死ぬことも、また、尊い行為なのである。


そして、唯一、選ぶことが出来ない、死の時期を、自らが決めるという、実に、画期的な、方法である。


日本には、語らぬ伝統があるが、老成の思想と、自死の思想があったのである。