もののあわれについて940

宮は、立ちかへり、例のやうにしのびて、と、いでたち給ひけるを、内に、「かかる御しのび事により、山里の御ありきも、ゆくりかに思し立つなりけり。かろがろしき御ありさまと、世人も下にそしり申すなり」と、衛門の督のもらし申し給ひければ、中宮もきこしめし歎き、上もいとど許さぬ御けしきにて、「おほかた心にまかせ給へる御里住みのあしきなり」と、きびしき事ども出で来て、内につとさぶらはせ奉り給ふ。左のおほいとのの六の君を、うけひかず思したる事にれど、おしたちて参らせ給ふべく、みな定めらる。





宮は、戻るや、すぐにも、いつものように、こっそりと、と思い立ちになったが、御所へ、こういう隠し事があるから、山里への遠出も、急に思い立ちなさったのです。軽々しいお振舞と、世間も蔭で、ご批難申しています。と、衛門の督が、お耳に入れ申し上げたので、中宮も、お聞き遊ばして、歎き、主上も、いよいよ許さない様子で、だいたい、気まま放題のお里住まいが、悪いのだ、と、容易ならないことになって、御所に、ずっと、伺候させることになったと申し上げる。

左大臣の、六の君を、不承知でいらした縁組だが、無理にも、差し上げになるよう、みな、取り決めになった。





中納言殿聞き給ひて、あいなく物を思ひありき給ふ。「我があまりことやうなるぞや。さるべき契やありけむ、みこのうしろめたしさまもあはれに忘れがたく、この君たちの御ありさまけはひも、ことなる事なくて世におとろへ給はむむ事の惜しくも覚ゆるあまりに、人々しくもてなさばやと、あやしきまでもて扱はるるに、宮もあやにくにとりもちて責め給ひしかば、わが思ふかたはことなるに、譲らるるありさまもあいなくて、かくもてなしてし」を思へば、「くやしくもありけるかな。いづれも我が物にて見奉らむに、とがむべき人も無しかし」と、取り返すものならねど、をこがましく、心ひとつに思ひみだれ給ふ。





中納言、薫は、それをお聞きになって、具合が悪くて、あちらこちらを、心配して回る。私が、あんまり変り者だったのだ。そうなる約束事でもあったのか、亡き親王が気がかりと思いになっていた様子も、お気の毒で、忘れられず、この姫たちのお姿や人柄も、華やかなことなしに、世に埋もれるのが、惜しく思われるあまりに、一人前にと、お世話したくて、おかしな程、心を砕いていたところ、宮様も、困るほど、熱心にせがまれるので、自分の思いを寄せている人は、別なのに、お譲りになる態度が、面白くないことに、このように、取り図ったことを思うと、何とも、残念なことをしたものだ。二人とも、自分のものにして、お世話しても、咎めるような人もいないだ。と、やり直しはきかないが、馬鹿らしく、自分一人で、悩まれるのである。






宮は、まして御心にかからぬをりなく、恋しくうしろめたし、と思す。明石「御心につきて思す人あらば、ここにまいらせて、れいざまに、のどやかにもてなし給へ。筋ことに思ひきこえ給へるに、かるびたるやうに人の聞こゆべかめるも、いとなむくちをしき」と、大宮は明け暮れ聞こえ給ふ。





宮は、尚更、心にかからない時とてなく、恋しく、心配な、と思うのである。中宮、明石は、御気に入っている人があるなら、ここにお召しになって、普通に、穏やかに、おやりなさい。格別なことをお考え申し上げて、おいで遊ばすのに、軽率なように、人が噂申し上げているらしいのも、とても残念です。と、大宮は、朝に夕に、申し上げるのだ。


大宮とは、明石の中宮である。





時雨いたくしてのどやかなる日、女一の宮の御方に参り給へれば、御まへに人多くさぶらはず、しめやかに、御絵なんど御覧ずる程なり。御几帳ばかりへだてて、御物語聞こえ給ふ。限りもなくあてにけだかきものから、なよびかにをかしき御けはひを、年ごろ二つなきものに思ひきこえ給ひて、「またこの御ありさまになずらふ人世にありなむや。冷泉院の姫宮ばかりこそ、御おぼえのほど、うちうちの御けはひも、心にくく聞こゆれど、うちいでむ方もなく思しわたるに、かの山里人は、らうたげにあてなる方の劣りきこゆまじきぞかし」など、まづ思ひいづるに、いとど恋しくて、なぐさめに、御絵どものあまた散りたるを見給へば、をかしげなる女絵どもの、恋する男の住まひなど書きまぜ、山里のをかしき家居など、心々に世のありさまかきたるを、よそへらるる事多くて、御目とまり給へば、少し聞こえ給ひて、かしこへ奉りらむ、と思す。





時雨がひどく降る、静かな日、女一の宮の、居間にお伺いしたところ、御前に、女房も多くはいなく、ひっそりと、御絵など、御覧になっている時だった。御几帳だけを隔てて、お話しを申し上げる。

この上もなく上品で、気高いものの、たおやかで、可愛いご様子を、今まで、二人といないお方と、思いになり、他に、このお姿に肩を並べる人が、世間にいるだろうか。冷泉院の姫宮だけは、ご寵愛ぶりや、内々のご様子も、奥ゆかしく聞いているが、打ち明けようもなく、過ごしているのに、あの山里の人は、愛らしく、品があることでは、この姫宮に、劣りそうにはない。などと、真っ先に思い出し、益々恋しくて、紛らわそうと、御絵が沢山にあるのを御覧になると、面白そうな何枚もの女絵に、恋する男の住居などを書き入れ、山里の風流な家などもあり、思い思いに、世の姿を書いてあるので、思い出すことが多く、お目がとまるので、少しお願いして、あちらへ差し上げようと、思いになる。


何とも、面倒な表現が、多い。


少し聞こえ給ひて・・・

頂戴して、という意味。