神仏は妄想である542

山折哲雄氏の、仏教とは何か、という著作から、日本仏教を俯瞰する。


大づかみにいって、インドで興った仏教は民族の垣根をこえ国境や文化の差をこえて四方の地域にひろがっていった。その伝播の波はいうまでもなくわが国にも及んだ。仏教の普遍的宗教的な特質がそうした拡大を可能にしたということができるだろう。あるいは、発展する過程でしだいに普遍的性格を獲得していったのだともいえる。いずれにしろインドの仏教は、その2600年の歴史発展においていかんなく個性的な発信器としての役割をはたしたのである。

山折


そのようである。

発信機能を持つ、インドの仏教は、日本に受け入れられる過程で、一体、どのような仏教になったのか・・・


結論から言うと、日本の仏教は、ただ、受信型であり、インド仏教のように、発信型ではない。

それは、日本という島国から見ても、大陸から、様々な思想、文化を取り入れて、独自の文化を作り上げて来たといえる。


日本は、それらを、選択し、咀嚼して、外来の文物を巧みに、整理して受け入れるという、卓越した能力を発揮した。つまり、受信機能が、いつも全開していたのである。


日本から、仏教を発信した形跡は、無い。

勿論、現在では、発信している様もあるが、基本的に、受信型である。


外来の文化を受け入れた日本は、それらを、重層化して、日本独自のものに発展させた。


日本仏教も、そのようてある。


一般に、発信機能をもつ思想や文化においては、強烈な原理や原則が前面に掲げられる。それにたいして日本の仏教は全体としてみれば受信型の仏教であったと私は思う。そしてまさに、そこから私の不安が発する。なぜなら受信型の仏教はこのまま推移していけば、いずれ衰滅の運命にむかうほかないのではないかという予感に襲われるからである。発信機能を失った仏教は、重層化の渦流に身をまかせるなかでしだいに自己解体に追い込まれていくにちがいない・・・。

山折


現在が、すでに、そのようである。

そして、そこに、危機意識が無いのである。

いや、危機意識があっても、馬鹿者なのか、方法が見つからないのである。


せめてもの救いは、少しばかり、檀家がいて、継続可能なのである。しかし、その檀家制も、まもなく消滅する。

古い寺院は、歴史的建造物として、残るのみ、である。


山折氏は、一生懸命に、日本仏教の、生き残る道を、模索しているが、無理である。

更に、山折氏は、インド仏教と日本仏教の比較をするが、それが、無理というものである。


日本仏教は、インド仏教からではなく、中国仏教から、出たのである。

そこから、すでに誤っていたのである。


ちなみに、中国仏教は、今は、どうなのかといえば、ほぼ壊滅状態である。


第一にまず、受信型の日本仏教の過去と現在を総点検することである。そして第二に、その点検作業のなかから、日本仏教における発信機能の可能性をできるだけ探りだすことである。

山折


そのような、力は、日本仏教には、無い。

精々、新興宗教によって、それらの教えが、つまり各宗派の教えが、利用されるだけである。


何せ、仏教学と、仏教の各宗派と、仏教界というものが、堕落の一途である。

何が問題なのかに、気付いていない。

素人の私が、それは、良く解る。


一部の気の迷いのある、変な人だけが、仏教に興味を持つ、あるいは、禅に興味を持つのみ。


瞑想ならば、世界的に広がる、仏陀の瞑想法を指導する、世界的組織がある。


日本の仏教は、ほぼ六世紀に、中国、朝鮮を経由して、伝えられた。

インドの仏教は、東南アジアにも広まったが、この南方仏教の系統は、日本には、伝えられていない。



私が注目するのが、大陸経由の仏教は、儒教、道教の伝播と共に、連動していたと、歴史は言うが、実は、その他にも、数多くの思想、哲学、宗教が流入している。


例えば、占星術、民俗信仰、その一つが、民衆道教というもの。そして、ゾロアスター教から、マニ教など、など。


聖徳太子が、仏教から、すべてを学んだ訳ではない。

マニ教も、ユダヤ教も、学んだのである。


それらが、重層化して、仏教というものに、取り込まれてゆく。

勿論、神道も、道教からの影響が、実に大きいのである。


私は、日本に一番影響を与えたものは、民衆道教であると、見ている。


仏教が、本流のように見えるが、見えない影響の方が大きい。


さて、兎に角、仏教は、国家、政治の世界に、進出する。

最初は、庶民の仏教ではなかった。


奈良、平安仏教は、天皇、貴族、為政者の仏教であった。

鎌倉仏教も、実際は、まだ庶民のものには、なり得なかった。


仏教が、庶民のものとなったのは、おおよそ、15世紀、浄土真宗の蓮如あたりからが、そのようである。


そのためには、ある程度、歴史認識が必要である。


別エッセイ、国を愛して何が悪い、にて、日本人の精神史を取り上げている。そちらも、参照してください。


15世紀とは、応仁の乱の頃である。

室町幕府の権威が失墜し、土一揆や、徳政一揆が頻発した時代である。それに、有力な守護大名の勢力争いが絡み、天下を二分する大乱が起こった。


戦国大名の領国制度が発展し、社会的秩序の根底が打ち砕かれ、衣食住に関わる、庶民の生活までが、大きな影響を受けた。

その中で、仏教は、何をしたのか・・・


仏教の、堕落の始まりである。


勿論、奈良仏教の堕落、平安仏教の堕落、そして、鎌倉仏教の堕落と、限りなくあるが。