日々の言い分313

選別をしないプロの集団は弱くなってゆくのが自然の習わしである。日本で業績がないため解雇になった教授なぞ聞いたこともない。業績がなくてもクビにならないので、多くの教授たちは学術意欲を失い、お門違いの「学内政治」に全身全霊を傾け出世しようとする。実際に出世できるそうだ。

日本では、業績(論文と本)が数多くあっても評価されないことが多い。例えば、親友で東京在住の助教授は、若いのに100本以上論文があり、学生にも絶大な人気がある授業(選択のクラスで出席を取らないのに400名の学生がかぶりつき)を行い、また労力がかかり人望がないと不可能なシンポジウム(学術会議)を次々に催し目覚ましい活躍をしていたが、正しく評価をされていなかった。

彼の教育改革への提案は、「過激」「他の大学ではやっていない」と没にされ、また「モノの言い方が強すぎる」と焦点の狂った批判を受けていた。


上記の書き込みは、西俊夫教授である。

アメリカ、フヴァー研究所に勤務する。


さて、日本の大学の教授の質について・・・

大学と言えば、アカデミズムという、権威がある。


だが、そこで教える人たち、つまり、先生、教師たちは、大半が寝ぼけている。何せ、順番に、教授になったり、コネで成ったり、あるいは、論文もろくに書けない者が、成ると言う。


更に、反日でなければ、ならない。

何せ、東大でも、入学式には、国旗掲揚も、国歌斉唱もない。

国立大学である。


それに見習い、多くの大学が反日である。



更に、まともなことを、教えると、首になる。

例えば、南京事件は、嘘である、などと言えば、即刻、首である。


勿論、朝鮮に関することも、嘘を言う。

何せ、大学教授でも、日本が朝鮮を、植民地にしたと言うから、驚く。

あれは、併合国家である。


更に、朝鮮人からも、乞われたものである。


さて、その質の低さは、如何ともしがたい。

毎年、変わり映えしないことを、教え続けても、その位置が守られる。

呆れる状態である。


そして、社会が持ち上げるものだから、尚更、傲慢不遜になる。

真面目な学生ほど、左翼思想に染まり、人生を棒に振る。

つまり、偏見と、偏狭な思想の洗礼を受けて、人生を過ごすのである。


だから、大学に入り、遊び三昧の者が、少しばかり、まともになる。


結局、大学の教授が問題ではなく、学生自身が、学ぶことになる。つまり、それは、大学に入学して、独学の精神を持つ、学生ということになる。


それ以外は、馬鹿、アホ、間抜けになる。


勿論、人は、生まれた資質がある。

それを、生かして、生きるので、大学で、我が道を見つけた者は、成功する。

だが、何をやっていいのか、分からない者は、すでに、終わる。


教授たちが、大学でやっていることは、ただ、政治的遊びである。

学内での、権力の持つ者に、加担するのか、その逆に、反抗するのか。しかし、大半が、こびへつらうのである。


自分の地位さえ、守られれば、いいのである。

そのことに、時間を使い、教えるための、準備などは、どうでも、いい。


勿論、社会的に、多くの著作を出している、研究熱心な者もいるが、わずかである。


だが、これから、大学は変化、変容を迫られる。

それは、学生が少なくなるからである。

どんどん、大学が潰れる事態になる。


どうでもいい、大学は、数年で潰れるだろう。

そして、これからは、新しい学びの場が出来る。

それを、すでに準備する人も多い。


私は、これから、それぞれの個性ある、塾、私塾に希望を見る。

それを、国家が認める時代だ。


高卒より、大卒の給料が高いという、時代は、終わる。

能力給である。


時代は、いつも激動しているが・・・

今の時代ほど、激動する時代はない。


何から、何まで、変化するのである。

新しい仕事、新しい生き方、新しい、考え方等々・・・


更に、新しい思想の登場である。

つまり、世界が変わるのである。