フィリピン慰霊の旅8

来た道を戻る。

それが、私には、最高の慰霊になった。

山の中腹である。


いずれは、来たいと思っていた場所に、来たのである。

導きによって。


最も最高の祈りである、黙祷を捧げた。


当たりの風景が、広がる。

この場所で、戦った兵士たち。

実感として、感じ取る。

これが、追悼慰霊である。


ここまで、出掛けて来たという、その思いが、慰霊である。それで、言うことも無し。


慰霊する

我が身があはれ

ネグロスの

山の悲しみ

更に深くす


こから、バコロドに向かう。

ドライバーと話すと、驚くことに、日本人の会社だそうだ。

更に、慰霊にも、参加していたという。


それで、私の意を、即座に汲んだものと思われる。

それから、打ち解けて、色々と話す。


バコロド市内に入り、私は、ドライバーに、バコロドは鶏肉、焼き鳥が名物だと言うと、その通りと、最高に美味しい店を知ると言う。

そこで、それでは、一緒に食事をということで、彼の勧める店に向かっていもらった。


もう時間は、一時を過ぎていた。

焼き鳥の店は、大混雑である。

昼時が終わっても、客がいた。


バコロド一美味しい店ということで、期待する。


それぞれが、食べたい部位を選ぶ。

鳥足、もも肉・・・

ライスをつけて、飲み物は、コーラー、ジュースである。


ドライバーは、幼児が一人いる、既婚者である。

私達の活動を話すと、何度も礼を言う。


だが、もう、支援活動は、終わる。後は、ストリートチルドレンに、食べ物、飲み物を上げるだけだ。

衣類は、もう、無い。


そして、慰霊は、慰霊碑と、海岸に出ての慰霊である。

バコロドでの予定は、決まっていた。


食事を終えて、早速、ホテルに向かう。

丁度良い時間である。

二時過ぎに、チェックインする。


ドライバーからは、名刺をもらい、また、何かあれば、利用する旨を伝えた。


部屋は、それぞれ同じタイプの部屋で、広い。

セブシティのホテルは、温シャワーが出にくかったが、ここでは、シャーっと出る。それだけでも、嬉しい。

特に、辻さんは、シャワーがまともに出るだけで、感動すると言った。


いよいよ、三日間のバコロドの滞在が始まる。

何が出来るのか・・・


私達は、しばらく、部屋で休むことにした。

水も、セブで買っていたし、部屋にも、ペットボトルが置かれていて、すぐに買う必要はない。


バコロドは、セブシティより暑い。

エアコンを全開にする。


何度も来ているので、慣れたものである。

一番街中に近いところ。

歩いて、何でもできるのである。


ただし、私には、とても扱いにくいホテルだった。禁煙である。そして、何処にも、喫煙所がないという。

ここまで徹底されると、呆れる。


喫煙者は、罪人の意識である。

これについては、言いたいことが沢山あるが、止めておく。

悪い記憶は、消すことにする。


支援物資は、残り、タオルだけであるが、これは、ニジおばさんに差し上げる。彼女がホテルに出向いてきた際に、渡すと決めた。


バコロドのダウンタウンは、何でもある。

特に市場の近くには、屋台も多く、夜には別に、屋台連合が出来る。

それが、楽しみである。


私は、二人を部屋に呼び、これからの予定を確認した。

明日は、ロザリオ通りの奥にある、慰霊碑と、海岸に出て、慰霊する。

そこから歩いて、ホテルに向かいつつ、教会を通りと・・・


だが、突然の予定変更もある。


夜の食事の前に、私は二人に、街中を見せるために、ホテルを出た。

比較的、道路が区切られているので、解ると思ったが、矢張り、何度か行き来しなければ、迷う。


同じ風景に見えのだ。

何せ、私も迷うほどである。

そこで、何処にいるのか、解らなくなったら、ガイサノというデパートの前に出ることを、伝える。


ガイサノは、ジプニーの出発、到着の場所でもあるから、街の外で迷ったら、街中に向かう、ジプニーに乗ることを伝える。


そして、今夜の食事の場所を探す。

丁度、夜の屋台連合の準備が始まり、その辺りを見て回る。


魚、肉などを焼いて、食べさせる屋台である。

そこは、兎に角楽しい。

現地の人たちと、ふれあいが出来るのである。


英語も、適当に通じる。


ネグロス島のバコロドは、危険だと言われるが、それは危険なことをするからで、常識的に行動していれば、何も危険ではない。