もののあわれについて942

宮の御心もゆかでおはし過ぎにし有様など、語り聞こえ給ひて、薫「のどかに思せ、心いられしてな恨み聞こえ給ひそ」など教へ聞こえ給へば、姫宮「ここには、ともかくも聞こえ給はざめり。なき人の御いさめは、かかる事にこそ、と見侍るばかりなむ、いとほしかりける」とて、泣き給ふ気色なり。いと心苦しく、我さへはづかしき心地して、薫「世の中はとてもかくても、一つさまにて過ぐすことかたくなむ侍るを、いかなる事をも御覧じ知らぬ御心どもには、ひとーにうらめしなど思す事もあらむを、しひて思しのどめよ、うしろめたくは、よにあらじ、となむ思ひ侍る」など、人の御うへをさへあつかふも、かつは怪しくおぼゆ。





宮が、いやいやながら、お通り過ぎになった有様など、お話しして差し上げる。薫は、落ち着いていらしてください。くよくよ、お恨みを申し上げますな。など、教えて差し上げると、姫宮は、こちらは、別に何とも申し上げていらっしゃらないようです。亡き父宮の、御いさめは、こういうことだったのかと、わかりますのだけが、可哀そうで、と、お泣きになる様子である。

とても気の毒で、自分まで顔が上げられない思いがする。薫は、世の中は、いづれにせよ、同じような調子で、行くことは、滅多にございませんのに、何事も、ご経験のないお二人の、お胸には、一途に、恨めしいなどと、思いのこともありましょうが、つとめて、気を大きくお持ちなさい。心配なことは、決して、あるまいと、思っております。などと、人の身の上まで、世話を焼くのも、一方では、変な気がする。





よるよるはましていと苦しげにし給ひければ、うとき人の御けはひの近きも、中の宮の苦しげに思したれば、「なほ例の、あなたに」と人々聞こゆれど、薫「まして、かくわづらひ給ふほどのおぼつかなさを、思ひのままに参りきて、いだし放ち給へれば、いとわりなくなむ。かかる折の御あつかひも、誰かははかばかしく仕うまつる」など、弁のおもとに語らひ給ひて、御修法ども始むべきこと宣ふ。いと見苦しく、ことさらにもいとわしき身を、と聞き給へど、思ひくまなく宣はむとうたてあれば、さすがに、「ながらへよ」と、思ひ給へる心ばへも、あはれなり。





夜は、きまって、酷く苦しそうにされるので、よその方のお席が近いのを、中の宮が困ると、思いなので、矢張り、いつもの通り、あちらへ、と女房たちが申し上げるが、薫は、いつもよりも、こうご病気なのが、気がかりゆえ、何もかも、投げ出して伺いして、放りだしているので、とても無念です。こうした時の看病も、一体、誰がてきぱきとお仕え申すのか、などと、弁の君に相談して、御修法を幾つも始めるように、おっしゃる。とても、格好が悪く、死んでしまいたい身なのに、と、聞いていらっしゃるが、胸の中を、全部お口にされるのも、嫌な感じだ。そうは言っても、長生きするようにと、思う心根も、あはれに、胸を打つのである。





またのあしたに、薫「少しもよろしく思さるや、昨日ばかりにてだに聞こえさせむ」とあれば、姫宮「日頃ふればにや、今日はいと苦しくなむ。さらばこなたに」と言ひいだし給へり。いとあはれに、いかに物し給ふべきにかあらむ、ありしよりはなつかしき御気色なるも、胸つぶれておぼゆれば、近く寄りてよろづの事を聞こえ給ふ。姫宮「苦しくて聞こえず。少しためらはむ程に」とて、いとかすかにあはれなる気色を、かぎりなく心苦しくて歎きい給へり。さすがに、つれづれとかくておはしがたければ、いとうしろめたけれど、帰り給ふ。薫「かかる御住まひはなほ苦しかりけり。ところ去り給ふにことよせて、さるべき所に移ろはし奉らむ」など聞こえおきて、阿闍梨にも、御祈り心に入るべく宣ひ知らせて、出で給ひぬ。





あくる朝、薫は、少しは、ご気分がいいようですか。昨日ほどにでも、お話し申し上げましょう、とあるので、姫は、幾日もなりますので、今日は、とても苦しくて。では、こちらに。とお伝えになった。

いとあはれ、に、とてもしみじみと、一体どんな具合でいらっしゃるのか、今までよりは、優しいご様子なることも、胸騒ぎがするので、近くによって、色々と申し上げる。

姫は、苦しくて、お話しできません。少し治まりましてから。と、とても、か細く胸のつまる様子を、この上もなく心配して、悲しんでおいでだったが、そうは言っても、何もせずに、こうしていられるわけにもゆかないので、大変気がかりだが、お帰りになる。

薫は、こんなお住まいは、矢張り毒です。所を変えるのに、かこつけて、しかるべき所に、移して差し上げましょう。など、申し上げて、阿闍梨にも、ご祈祷を熱心にするように、仰せになり、お立ちになった。





この君の御供なる人の、いつしかと、ここなる若き人を語らひよりたるありけり。おのがじしの物語に、供人「かの宮の、御忍び歩き制せられ給ひて、内ににみ籠りおはします。左の大臣殿の姫君を、あはせ奉り給ふべかなるを、女方は年ごろの御本意なれば、思しとどこほることなくて、年のうちにありぬべかなり。宮はしぶしぶに思して、内にわたりにも、ただ好きがましき事に御心を入れて、帝后の御いましめに静まり給ふべくもあらざらめり。わが殿こそ、なほあやしく人に似給はず、あまりまめにおはしまして、人にはもてなやまれ給へ。ここにかく渡り給ふのみなむ、目もあやに、おぼろげならぬこと、と人申す」など語りけるを、「さこそ言ひつれ」など、人々の中にて語るを聞き給ふに、いとど胸ふたがりて、「今は限りにこそあなれ。やむごとなき方に定まり給はぬほどの、なほざりの御すさびにかくまで思しけむを、さすがに中納言などの思はむ所を思して、言の葉のかぎり深くなりけり」と思ひなし給ふに、ともかくも、人の御つらさは思ひ知られず、いとど身のおきどころのなき心地して、しをれ臥し給へり。





この君の御供で、早くも、若い女房と、良い仲になったものがいた。自分たち同士の話で、供人「あの宮様は、夜歩きを禁じられ、御所にばかり籠っていらっしゃる。左大臣殿の姫君を、目合わせて差し上げるようにとの、ご内定で、女の方は、長年のご希望なので、躊躇うこともなく、年内に式があるということだ。宮様は、しぶしぶでいらして、御所の中でも、ただただ浮気っぽいことに、御熱を上げて、両陛下のご意見にも、おさまりそうになくているらしい。我が殿様こそ、何と言っても、不思議に世間の男のようなく、あまりにも真面目でいらっしゃり、人には、窮屈がられておいでだ。ここに、こうして、お通いなさるのだけが、目もくらむほど、並々ならぬことと、人がお噂している。など、話したのを、このように言っていました。なとど、女房たちの中で、話すのを、お耳にされると、益々、胸がいっぱいになり、もう、これまでなのだ。立派な方に、お定まりなさるまでの間、いい加減なお慰みで、こんなことになった。何といっても、中納言などの思惑を憚り、口先だけは、ご熱心だったのだ、と、受け取ると、とやかく、男君の冷たさを考えることも出来ず、益々、身の置き所もない気持ちがして、気を落として、お臥せになさっていた。