もののあわれについて945

暮れぬれば、例の、人々「あなたに」と聞こえて、御湯漬など参らむとすれど、薫「近くてだに見奉らむ」とて、南の廂は僧の座なれば、東面の今少しちかきたかたに、屏風など立てさせて入りい給ふ。中の宮苦しと思したれど、この御中を「なほもてはなれ給はぬなりけり」と皆思ひて、うとくもえてもなし隔て奉らず。初夜より始めて法花経を不断に読ませ給ふ。声尊きかぎり十二人して、いと尊し。





日が暮れ、いつものように、あちらに、と申し上げて、御湯漬けなど、差し上げようとするが、せめて近くで、見てとって差しと上げたい、と言い、南の廂の間は、僧の席があるので、東面の、少し近くのお席に、屏風などを立てさせて、お入りになった。

中の宮は、居心地が悪いと思うが、お二人の仲を、矢張り、何でもないものではないと、皆思い、よそよそしく、隔てたりはしないのである。初夜から始めて、法花経を不断に読ませる。声の尊い僧ばかり、十二人で、とても尊い。





灯はこなたの南の間にともして、内は暗きに、几帳をひき上げて、少しすべり入りて見奉り給へば、老人ども二三人ぞ候ふ。中の宮は、ふと隠れ給ひぬれば、いと人少なに、心細くて臥し給へるを、薫「などか御声をだに聞かせ給はぬ」とて、御手をとらへておどろかし聞こえ給へば、姫宮「心地には覚えながら、もの言ふがいと苦しくてなむ。日頃おとづれ給はざりつけば、おぼつかなくて過ぎ侍りぬべきにや、と、口惜しくこそ侍りつれ」と、息の下に宣ふ。薫「かく待たれ奉る程まで、参り来ざりけること」して、さくりもよよと泣き給ふ。御ぐしなど少し熱くぞおはしける。薫「何の罪なる御ここちにか、人の嘆き負ふこそかくあんなれ」と、御耳にさしあてて、物を多く聞こえ給へば、うるさうも恥づかしうも覚えて、顔をふたぎ給へり。いとどなよなよと、あえかにて臥し給へるを、むなしく見なして、いかなる心地せむ、と、胸もひしげて覚ゆ。薫「日頃見奉り給ひつらむ御心地も、安からず思されつらむ。今宵だに心安くうちやすませ給へ。宿直人候ふべし」と聞こえ給へば、うしろめたけれど、さるやうこそは、と思して、少ししぞき給へり。





灯は、こちらの南の部屋にともして、中は暗いので、几帳の帷子を引き上げて、少しすべり入り、御覧なさると、老女房二、三人が、詰めていた。中の宮は、すっとお隠れなさり、とてもひっそりとしている。頼りなげに寝ていらっしゃるのを、薫は、どうして、お声だけでも、聞かせて下さいませ、と言って、お手をとらえて、目覚めを促すと、姫は、心では思っておりながらも、口を利くのが、とても苦しくて。ずっと、お尋ね下さらなかったので、お会い出来ないで、終わってしまうのかと、残念でございました。と、かすかな声でおっしゃる。

薫は、このようにお待ち下さるほど久しく、お伺いしなかったとは、と言い、しゃくりあげて、泣くのである。頭などは、少し熱がある様子。薫は、何の罪による、お患いですか。人を嘆かせるとこのようになるのです。と、お耳に、口をあてて、色々と申し上げるので、それが、やっかいにも、恥ずかしくも思われて、顔を覆うのである。

いつもより、一層、なよなよと、か弱い姿で横になっておいでになるのを、この人を失っては、どんな気がするこかと、胸も潰れる思いがする。薫は、幾日もご看病を申し上げて、いらっしゃり、さぞ、お気づかれでしょう。今夜だけでも、ゆっくりと、お休みください。宿直人が、控えましょう。と、申し上げなさったので、気に掛けるが、何か訳でもと思いになり、少し引き込みなさった。


日頃見奉り給ひつらむ御心地も・・・

中の宮に使う言葉で、奉りは、姫宮に対する敬語。

給ふ、は中の宮に対する敬語。

と、敬語の連続で、大変である。


つまり、薫、中の宮、姫宮と、三人の様子なのである。

主語がないので、ゆっくりと、読まないと、良く解らない。






ひたおもてにはあらねど、這ひ寄りつつ見奉り給うへば、いと苦しく恥づかしけれど、「かかるべきちぎりこそはありけめ」と思して、こよなうのどかにうしろやすき御心を、かの片つかたの人に見くらべ奉り給へば、あはれとも思ひ知られにたり。





顔を突き合わせている訳ではないが、いざり寄り、御覧申し上げるので、とてもつらく、恥ずかしいが、こうなる約束事があったのだろうと、思いになり、この上のなく、静かで、安心出来るお心を、あのもう一方と、見比べになるので、良い方であると、解るのである。


かかるべきちぎりこそはありけめ・・・

前世からの約束を言う。





むなしくなりなむ後の思ひ出にも、心ごはく、思ひぐまなからじ、と、つつみ給ひて、はしたなくもえおし放ち給はず。夜もすがら人をそそのかして、御湯など参らせ奉り給へど、つゆばかり参る気色もなし。「いみじのわざや、いかにしてかはかけとどむべき」と、言はむ方なく思ひい給へり。





死んでしまってからの、思い出にも、強情な、思いやりの無い女ではないようにと、気になさり、愛想なく、押し出しもしない。夜通し女房を指示して、薬湯などを差し上げるが、一滴も、召しあがる様子もない。何と哀しいことか、どうするれば、引き留めることができよう、と、言いようもなく、沈鬱な気持ちになった。


薫と、姫宮の様子である。

最初は、姫宮の、後半は、薫の心境である。

主語をつけて、訳すと、解りやすいが・・・

それは、しない。