性について297

ギルバード・ハート氏の、案内で、古代ギリシャから、見て行く。


年長者と年少者間の、男性同士のホモエロテック関係、数少ないが、女性同士による同様の関係は、少なくとも、紀元前800年から、ギリシャ及び、ヘレニズム世界に存在していた。


クレタ島の、古代ドーリア人は、対象となる少年を、年長の若者が「捕獲する」という一種の象徴的行為によって、少年愛の習慣が始まると、考えていた。


すなわち、二人が「駆け落ち」をすると、家族、共同体は彼らの性関係を承認する、しるしとして、贈り物をし、饗宴を催した。


いずれ、年長の男は結婚し、その頃には、少年が今度は、若い恋人を探す立場になる。


ほぼプラトンが活躍した時代まで、古代ギリシャで見られたようである。

後世の儀礼的ホモエロテック関係の、歴史的背景には、クレタ島などの、事例の影響が伺える。


この象徴的な形式を有する慣習は、神話の世界でも、存在するが、それは、省略する。


ただ、神話における、多数登場する戦士のホモシュアリティと愛を基盤とする、神話上のホモシェリシャリティには、大惨事の到来を予感させる要素が、含まれている、ということである。


年長者である男と、若者による、年齢構造化された関係は、古代ギリシャにおいては、名誉と愛の規範によって、様式化されていた。


その中心には、男の強靭さ、アレテの概念がある。

ギリシャ的概念である、アレテ、男の精力、名誉、勇気、美貌、高潔さは、世俗の世界では、運動競技や、戦士によって、また神々の住む天上世界では、神のパワーや神の血を引く、子孫によって、象徴されていた。


炎、エネルギーとして表現されたアレテを、追う者としての雄の力強さになぞえることを、ギリシャ人は好んだ。


男の恋人たちは、愛される側、エロメネス、と愛する側、エラステスと呼ばれた。


年少者は、12歳から20歳に及んだ。

あるいは、髭が生えると、少年の恋人としての時期が終わりを迎えたのである。


性習慣は、股の間によって、行われたという見解が、多くの専門家から、示されている。


そして、年長者は、射精を行わなかったという。


注目すべきは、少年の名誉は、何よりも増して、尊重され、少年の同意なしには、いかなるホモエロテック関係も、成立しなかったということだ。


同性間の関係をめぐってホメロス時代の文化が重視したのは、少年の肉体的強靭さや幸福、豪胆さ、武勇、そして少年が伝統ある戦士の世界に加わり、名誉ある男性性を獲得することだった。実際にテーバイやスパルタでは、男たちが盟友または寝所として少年を恋人にした。少年たちは成長しながら戦士としての特質を身に付け、いずれは自分自身が若い少年を恋人にした。

ギルバート


古代ギリシャ衰退後は、同性間の高潔な、ホモシェリシャリティと戦士としての生活とのつながりに、ギリシャの権威者が、改めて注目するようになる。


その、ギリシャに敬意を寄せて、模倣したローマ人も、注目はしたものの、ホモシェリシャリティに対しては、相反した態度を示し、特に皇帝アウグストゥス以降は、否定的だった。


さて、古代スパルタ社会は、戦士は妻と別居していた。

そのような慣習を持つ、古代社会の集団として、最も有名なのは、「テーバイの神聖部隊」だ。

この一団は、エロテックな関係で結びついた、男の戦士同士のカップルから成り立ち、神話の如き、無敵の勇気を見せたと言う。


その事例について、ブルタコスは、

愛する者と愛される者からなる軍隊は互いのそばでともに戦うゆえ、たとえほんの一握りの軍勢であったも全世界をも打ち負かす。

と、書いている。


ソクラテスの時代に至るまでの、数世紀間においては、男性と少年間の関係の指導的、教育的特性が重視されていた。


プラトンの時代になると、エロティックな特性は、変貌した。

戦士の育成という目的が、少年の教育という目的に、実質上、取って代わられたのである。


年長者は、哲学的で、理想に満ちた教育理念に従い、ポリスの一市民として、少年を社会生活へと導く手助けとなり、体育場において、また、政治的局面全般において、少年の名誉を守った。


そして、古代ギリシャ人は、これらの行為は、結婚や子供を持つことと、対立しなかったということである。


ギリシャ市民は、結婚して、家庭を築き、家名と財産を受け継ぐ子供を得て、初めて、一人前の大人として、認められた。


ギリシャと、その後の、ローマ帝国の大部分では、股間、あるいは、肛門での性交は、ホモエロテックと、ほぼ同じ意味を持つ言葉によって、表現された。


だが、それらの行為に及ぶ者が、同性愛者と呼ばれることはなかったのである。


つまり、少年との性関係や、特定の行為の実践は、当時のジェンダー役割に、調和して、男たちは、ステレオタイプに類型化されることは、なかった。また、他の一般男性と、別個のカテゴリーに分類されることも、なかったのである。


それは、当時は、まだホモシェリシャリティ、ゲイという性的アイデンティティの区別は、存在しなかったのである。


それらは、近代に入ってからの、ものである。

と、いうことは、現代社会が有する、概念や、性的カテゴリーによって、人間を分類するということに、熱心な現代人の観念と、大きくかけ離れていると言うことだ。


と、ここまで来て、女性のことが、待ったくないのである。

つまり、女性、女は、モノ程度の認識か・・・


一体、どうしたことか・・・

現代の、フェミニストたちから見ると、明らかに、差別全開である。


無視されている。

論外なのである。

気の毒である。